このページでは、取締役の経営判断の原則について整理しています。

取締役は、経営判断を誤ったことにより会社に損害を与えた場合、会社に対して責任を負うことになります。しかしながら、経営は常にリスクを伴っていることから、取締役に責任を認めるべき場合は限定されるべきという考え方が、裁判例でも認められています。これは経営判断の原則と呼びます。このページでは、経営判断の原則について、裁判例のご紹介を中心に、ご説明をしております。

なお、取締役の会社に対する責任全般について確認をされたい方は、下記のリンク先をご参照ください。

1 はじめに

取締役の経営判断のミスが原因で会社に損害が発生した場合、取締役に対して責任を追及できるかが問題となることは多くあります。

この点については、当該状況下で事実認識・意思決定過程に不注意がなければ、取締役に広い裁量が認められるとする裁判例が多いといわれています(江頭憲治郎「会社法」(第8版)493頁)。このように、取締役に経営に関する広い裁量を認めることを、経営判断の原則と呼びます。

経営判断の原則は、

2 経営判断の原則に基づき取締役の責任を認めなかった裁判例

取締役の責任を認めなかった裁判例としては以下のようなものがあります。

福岡高判S55.10.8 

子会社に対する融資の継続の判断が問題となった事案

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X社は、経営危機の子会社への融資を継続しましたが、結局当該子会社が倒産したため、Xが当時の代表取締役であったYに対して、損害賠償請求を求めて提訴しました。
本判決は「商法第254条の2が定める取締役の忠実義務は、取締役が会社に対して負担する委任関係から生ずる善管義務(同法第254条第3項、民法第644条)を具体的注意的にふえんして規定したにすぎないものであつて、これとは異質の高度の注意義務或いは結果責任を課するものでないのはもとより、企業は本来自己の責任と危険においてその経営を維持しなければならないものであるから、親会社の取締役が新たな融資を与えることなくそのまま推移すれば倒産必至の経営不振に陥つた子会社に、危険ではあるが事業の好転を期待できるとして新たな融資を継続した場合において、たとえ会社再建が失敗に終りその結果融資を与えた大部分の債権を回収できなかつたとしても、右取締役の行為が親会社の利益を計るために出たものであり、かつ、融資の継続か打切りかを決断するに当り企業人としての合理的な選択の範囲を外れたものでない限り、これをもつて直ちに忠実義務に違反するものとはいえないと解すべきである。」として、「これを本件についてみるに、・・・その経営判断の甘さを指摘される余地があるにしても、・・・企業人としてそれなりの合理的選択の範囲を外れたものとは認め難く、それが期待を裏切られ結果的に会社に損失を生ぜしめたとしても、これをもつて直ちに取締役の忠実義務違反として指弾するのは相当でないというべきである。」として、請求を棄却した。
東京地判H8.2.8

業績不振子会社の株式を合弁相手から買い取ったことが、取締役の善管注意義務に違反するとして争われた事案

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甲社が米国子会社乙社を合弁相手から買収したこと、又は右買収に先立って乙社の株式保有に関し合弁相手と覚書を締結したことが取締役の善管注意義務等に違反し、これにより甲社は株式代金、合弁相手に対する報酬等相当額の損害を被ったとして、甲社の株主Xらが、甲社の取締役Yらに対し株主代表訴訟により損害賠償請求訴訟を提起しました。本判決は、乙社は業績不振の状況にあったが、かかる買収は、合弁相手との合弁事業が行き詰まり、米国における製造・販売事業を今後どうするかという問題が突きつけられた局面において、合弁会社との合弁を続けるのでは状況の改善が望めないことが明らかであり、このまま手を拱いて乙社の倒産という事態に至れば、それまで注ぎ込んだ資金の回収が不能になるだけでなく、企業としての信用失墜、重要な取引相手や取引銀行との関係悪化を始めとして、事業全体に著しい悪影響を及ぼすおそれがある反面、甲社が全権限を握って主導的に経営に当たれば、取引銀行等の協力も得られ、経営改善の見込みがあるとの認識判断の下に、経営上の決断としてなされたものであったと認定したうえで「進むか退くか、市場におけるこうした企業行動の決定は、流動的かつ不確実な市場の動向の予測、複雑な要素が絡む事業の将来性の判定の上に立って行われるものであるから、経営者の総合的・専門的な判断力が最大限に発揮されるべき場面であって、その広範な裁量を認めざるを得ない性質のものである。もともと、株式会社の取締役は、法令及び定款の定め並びに株主総会の決議に違反せず、会社に対する忠実義務に背かない限り(商法254条の3)、広い経営上の裁量を有しているが、右のような最も困難な種類の経営判断が要請される場面においては、とくにそのことが妥当するというべきである。したがって、右のような判断において、その前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなく、意思決定の過程・内容が企業経営者としてとくに不合理・不適切なものといえない限り、当該取締役の行為は、取締役としての善管注意義務ないしは忠実義務に違反するものではないと解するのが相当である。・・・本件会社買収の決定に法令・定款違反等の問題はないし、Yら当時取締役であった者が自己又は会社以外の第三者の利益のために右決定をしたと疑うべき根拠もない。また、右決定において、Yらの判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがあったと認めるべき証拠はなく、意思決定の過程・内容が企業経営者としてとくに不合理・不適切なものであったと認めるべき事情もない。・・・乙社株式の引取り価格は合弁相手の取得価格であって、非公開株式の価格算定方式として一般的に行われている純資産価格法、収益還元法等によるものではなく、合弁相手の報酬分についても、それ自体をとってみれば、支払いの妥当性に議論はあるであろう。しかし、融資の肩代わりを含め、これらの負担は、合弁事業から合弁相手を撤退させ、事業の円滑な引継ぎを受けて完全な支配権を取得するための対価として、総合的にその妥当性をみるべきもので、そこでは企業の信用失墜、取引先との関係悪化、法的紛争の防止といった金銭的な評価が困難な要素も考慮されることになるし、また、最終的には相手方との交渉によって決定されるものである・・・。したがって、右対価の額の決定自体が、経営上の裁量判断の対象とならざるを得ないのであって、・・・本件対価の額の決定が経営裁量の範囲を逸脱していると認めるだけの根拠はない。よって、Yらが行った本件会社買収の決定は、取締役としての善管注意義務ないしは忠実義務に違反する行為であったということはできない。」として、請求を棄却しました。
東京高判H17.9.13

子会社株式の少数株主からの買取価格が問題となった事案

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甲社は、子会社(66.7%の株式を保有)であった乙社につき、事業再編計画の一環として完全子会社にすることを計画し、少数株主から乙社の株式を取得することとした。乙社株式の評価として、監査法人等が算出した金額は1株9709円というものや、1株6561円から9090円というものであったが、甲社は、設立時の払込金額である1株5万円で取得することとし実行しました。そこで、甲社の株主であるXらが、甲社の代表取締役及び取締役Yらに対して、不当に高額に乙社の株式を取得したことが取締役の善管注意義務に違反するとして、株主代表訴訟を提起したところ、第1審はXらの請求を棄却したが、控訴審がXらの請求を認めたためYらが上告しました。
本判決は「事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必要性、甲社の財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。以上の見地からすると・・・、買取価格を1株当たり5万円と決定したことが著しく不合理であるとはいい難い。そして、本件決定に至る過程においては、甲社及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針等を協議する機関である経営会議において検討され、弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって、その決定過程にも、何ら不合理な点は見当たらない。以上によれば、本件決定についてのYらの判断は、甲社の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないから、Yらが、甲社の取締役としての善管注意義務に違反したということはできない。」として、原判決を破棄しました。
最判H22.7.15

子会社株式の少数株主からの買取価格が問題となった事案

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甲社は、子会社(66.7%の株式を保有)であった乙社につき、事業再編計画の一環として完全子会社にすることを計画し、少数株主から乙社の株式を取得することとした。乙社株式の評価として、監査法人等が算出した金額は1株9709円というものや、1株6561円から9090円というものであったが、甲社は、設立時の払込金額である1株5万円で取得することとし実行しました。そこで、甲社の株主であるXらが、甲社の代表取締役及び取締役Yらに対して、不当に高額に乙社の株式を取得したことが取締役の善管注意義務に違反するとして、株主代表訴訟を提起したところ、第1審はXらの請求を棄却したが、控訴審がXらの請求を認めたためYらが上告しました。
本判決は「事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必要性、甲社の財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。以上の見地からすると・・・、買取価格を1株当たり5万円と決定したことが著しく不合理であるとはいい難い。そして、本件決定に至る過程においては、甲社及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針等を協議する機関である経営会議において検討され、弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって、その決定過程にも、何ら不合理な点は見当たらない。以上によれば、本件決定についてのYらの判断は、甲社の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないから、Yらが、甲社の取締役としての善管注意義務に違反したということはできない。」として、原判決を破棄しました。
東京地決H16.9.28

旧取締役に対する再生裁判所の損害賠償請求権の査定決定が取り消された事案(説示内容は、上記東京地判H8.2.8、東京地決H8.6.4、名古屋地判H9.1.20、さいたま地判H22.3.26なども同旨)

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百貨店を経営していたYの代表取締役Xらは、海外における百貨店出店計画を進め、関連会社を経由して海外の会社に貸付けを行いましたが、結局計画は頓挫し、貸付金も回収できなず、その後Yは民事再生手続開始決定を受けました。そこで、YはXらに対して、善管注意義務違反による損害賠償の査定を申立てたところ再生裁判所が損害賠償を認めたため、Xらが査定決定に対する異議申立てを行いましたが、 本判決は、当時の状況を検討のうえ、以下のように説示して結論としてはXらに損害賠償義務はないとして、査定決定を取り消しました。
「企業の経営に関する判断は不確実かつ流動的で複雑多様な諸要素を対象にした専門的、予測的、政策的な判断能力を必要とする総合的判断であり、また、企業活動は、利益獲得をその目標としているところから、一定のリスクが伴うものである。このような企業活動の中で取締役が萎縮することなく経営に専念するためには、その権限の範囲で裁量権が認められるべきである。したがって、取締役の業務についての善管注意義務違反又は忠実義務違反の有無の判断に当たっては、取締役によって当該行為がなされた当時における会社の状況及び会社を取り巻く社会、経済、文化等の情勢の下において、当該会社の属する業界における通常の経営者の有すべき知見及び経験を基準として、前提としての事実の認識に不注意な誤りがなかったか否か及びその事実に基づく行為の選択決定に不合理がなかったか否かという観点から、当該行為をすることが著しく不合理と評価されるか否かによるべきである。」
大阪地判R4.5.20

いわゆる地面師により会社が不動産の売買代金名下に金銭を騙し取られた取引につき、取締役に任務懈怠があるとは認められなかった事例(控訴)

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「取締役による決裁を経て不動産を購入するに至ったが、それによって当該会社に損害が生じた場合、かかる意思決定に関与した取締役が当該会社に対して善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うか否かについては、取締役に求められる上記の判断が、当該会社の経営状態や当該不動産の購入によって得られる利益等の種々の事情に基づく経営判断であることからすれば、取締役による当時の判断が取締役に委ねられた裁量の範囲に止まるものである限り、結果として会社に損害が生じたとしても、当該取締役が上記の責任を負うことはないと解され、当該取締役の地位や担当職務等を踏まえ、当該判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものである場合には、かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものでない限り、当該取締役が善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うことはないというべきである。・・・そして、会社によっては、その組織の規模等のために、各種の業務を種々の部署で分担し、その部署に知見や経験を集積して、権限も適宜委譲することによって、専門的知見を要する業務も含めて広汎な各種業務に効率的に対応することを可能とするものもあり、当該会社がこのような大規模で分業された組織形態となっている場合には、取締役がこれらの各部署で検討された結果を信頼してその経営上の判断をすることは、取締役に求められる役割という観点からみても、合理的なものということができる。そうすると、当該会社が大規模で分業された組織形態となっている場合には、当該取締役の地位及び担当職務、その有する知識及び経験、当該案件との関わりの程度や当該案件に関して認識していた事情等を踏まえ、下部組織から提供された事実関係やその分析及び検討の結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り、当該取締役が上記の事実等に基づいて判断したときは、その判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程は合理的なものということができる。・・・以上のとおり、・・・Y1の判断は、その前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものであり、かつ、かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものではなかったのであるから、経営判断として同被告に許された裁量の範囲に止まるものであったということができ、Y1が・・・善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うということはできない。」
熊本地判R3.7.21(福岡高判R4.3.4 控訴棄却)

会社の労働時間管理に係る体制の構築・運用義務について、具体的にどのような体制を整備すべきかは経営判断の問題であるとして、取締役の責任を否定した判例

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甲社(銀行)の株主であるXが、Xの亡夫であるY社の従業員であったAがYの業務に起因して自殺し、YがX及びその子らに対する損害賠償金、訴訟費用、弁護士費用等を支払うとともに法令遵守が重視される銀行としての信用が著しく損ねられ、信用毀損による損害を被ったのは、当時甲の取締役であったYらが、従業員の労働時間管理体制の構築に係る善管注意義務を懈怠したためであると主張して、株主代表訴訟を提起したの本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めませんでした(控訴審はほぼ原審を引用して控訴棄却)。
「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知のところであり、労働基準法所定の労働時間制限や労働安全衛生法65条の3所定の作業管理に関する努力義務は、上記のような危険の発生を防止することをも目的とするものと解されることからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁)。・・・そして、上記使用者の労働者の健康等に対する安全配慮義務を遵守するために、従業員の労働時間管理を含む労務管理は企業経営において不可欠かつ会社経営の根幹に係る重要な事項であると考えられることに加え、使用者は、労働者に対し36協定に基づく時間外労働をさせた場合に労働基準法37条1項に基づく割増賃金を支払う必要があるほか、厚生労働省が定めた労働時間適正把握基準(前記第2の2(3))を遵守することが求められていることに照らすと、会社は従業員の健康等に対する安全配慮義務を遵守し、その労務管理において従業員の労働時間を適正に把握するための労働時間管理に係る体制を構築・運用すべき義務を負っており、代表取締役及び労務管理を所掌する会社の取締役も、その職務上の善管注意義務の一環として、上記会社の労働時間管理に係る体制を適正に構築・運用すべき義務を負っているものと解される。また、代表取締役及び労務管理を所掌する取締役以外の取締役は、取締役会の構成員として、上記労働時間管理に係る体制の整備が適正に機能しているか監視し、機能していない場合にはその是正に努める義務を負っているものと解される(なお、労働時間適正把握基準は、上級行政機関が下級行政機関及び職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発する通達であり、法規としての性質は持たないが、裁判所が使用者等の善管注意義務違反の有無を判断するに当たって参照すべき規範であると解される。)。・・・もっとも、会社が上記労働時間管理に係る体制の構築・運用義務を履行するに際し、具体的にどのような内容の体制を整備すべきかについては、労務管理が専門的な知識や経験を要する業務であることに加え、規模の大きな会社では労務管理のためのシステムの整備に相応の費用及びそれに専従する人員の配置を必要とすることを併せ考慮すると、上記労働時間に係る体制の構築・運用は経営判断の問題であり、会社の経営を委ねられた専門家である代表取締役及び労務管理を所掌する取締役に裁量権が与えられているというべきである。したがって、会社の取締役に対し、適切な労務管理の体制の構築・運用を怠ったことが善管注意義務に違背するとしてその責任を追及するためには、代表取締役及び労務管理を所掌する取締役の判断の前提となった情報の収集、分析、検討が不合理なものであったか、あるいは、その事実認識に基づく判断の過程及び判断内容に明らかに不合理な点があったことを要するものと解するのが相当である(なお、取締役は、会社経営を行うに当たり法令を遵守することが求められているから、取締役が上記労務管理の体制整備に際して労働基準法等の法令を遵守すべきことは当然である。)。・・・甲における労働時間管理に係る体制はそれが実質的な自己申告制であったことを踏まえても労働時間適正管理基準に違反するとまではいえず相応の合理性を有するものであるといえ・・・、それに基づく運用として、甲は、従業員の労働時間管理に係る体制が一部適切に運用されなかったり、相当な長時間労働を行っている従業員が発見された場合にはその実態を把握するとともに、その改善のための調査・改善計画の策定を行っていたほか、従業員へのアンケートによる情報収集や労働時間管理委員会及び労働時間管理部会における具体的な改善策の検討も継続して行うなど必要な施策を複数行っていたものであり・・・甲が構築・運用していた労働時間管理に係る体制は合理的なものであり、その適正な運用を担保するために複合的・重層的な施策が採られていたと評価することができ、当時の他の民間企業の状況等・・・と比較してもその体制や施策は遜色のないものであったということができる。そうすると、甲の代表取締役であった被告Y1、人事部を所掌する常務取締役であった被告Y2及び取締役人事部長であった被告Y9が労働時間管理に係る内部統制システムの構築・運用のために行っていた情報収集、分析、検討が不合理なものであったとまではいえないし、上記の改善策を行う旨の判断の過程及び判断内容に明らかに不合理な点があったものともいえないから、被告Y1、被告Y2及び被告Y9が労務管理に関する内部統制システム構築・運用義務に違反したということはできない。そして、被告Y1、被告Y2及び被告Y9以外の各取締役についてはその監視是正義務が発生する前提を欠くことになるから、上記各取締役において肥後銀行の労働時間管理に係る体制が適正に運用されるように監視すべき義務に違反したということもできない。」
東京高判R4.7.13

事業再編計画の一環として代表取締役が代表を兼任している他社の株式を取得したことについて取締役の善管注意義務違反、忠実義務違反が否定された事例

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甲社が乙社株式を取得したこと)について、甲社の株主Xらが、甲社の取締役であったYらによる利益相反取引であり、著しく低額で乙社の株式を取得したなどとして、損害賠償請求をしたのが本件です。本判決は、以下のように説示し、Xらの請求を認めませんでした。
「会社経営においては、事業再編計画の一環として他社の株式を取得し、直接及び間接に当該他社の収益力を利用することが経営上の選択肢として有用な場合があり得るというべきであり、そのような場合において、いかなる業種のいかなる会社の株式をどの程度取得するかは、株式取得の目的に加え、当該会社の財務状況を含む諸般の事情を総合的に考慮した上での、将来予測にわたる経営上の専門的判断に属する問題であるということができる。そして、このような事業再編計画の一環としての株式取得においては、経営を委ねられた取締役等により、将来予測等を踏まえた取得株式の価値判断がされるべきこととなるから、取得した際の株式の客観的な評価額と実際の取得額との間に乖離があったとしても、当該乖離した額をもって直ちに会社に損害が発生したものとみることは相当でないというべきである。そうであれば、本件において、仮に本件株式取得時における本件株式の評価額を何らかの方式をもって一義的に算定することができるとしても、その評価額と本件株式取得の対価・・・との差額が直ちに甲社の損害となるということはできないというべきである。・・・本件株式取得については、いずれも甲社の取締役であったYらが、甲社の業績が長期的に低迷し、上場廃止の危険があるという状況下において、本件株式取得により甲社の本部コストの分散、上場廃止の回避等を企図し、その中で、乙社の株式を取得することにより、同グループの安定した収益から、経営指導料を始めとするキャッシュ・フローを甲社が得られることを重要視し、最終的に甲社の取締役会において本件株式取得の承認決議をしたことが認められ、その決定の過程及び内容に著しく不合理な点があるとはいえないというべきである」

3 取締役の責任を認めた裁判例

経営判断の原則に基づき取締役の責任を認めなかった裁判例としては以下のようなものがあります。

東京高判8.11.12

関連会社への貸付が問題となった事案

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乙社の代表取締役であったY1は、乙社の甲社に対する融資や甲社の債務についての保証等を乙社の代表取締役として行いました。なお、乙社の取締役Y2らはこれを制止しませんでした。甲社が破産し、乙社の甲社に対する貸付及び求償債権の多くが回収不能となったため、乙社の株主であるXが、Y1が取締役の忠実義務に違反し、また、これを阻止しなかったその他の取締役Y2らに監視義務違反があると主張し、損害賠償を求めて株主代表訴訟を提起したところ、第1審がXの請求を一部認容したことから、Yらが控訴しました。
本判決は、「会社は、営利の追求を目的とする企業であり、その危険と責任において経営を行い、会社の存続発展を図っていかなければならないのであるから、取締役が会社の経営方針や政策を決定するに当たり、ある程度の危険を伴うことがあるのは当然のことであって、会社の取締役が、相互に資本関係がないにしても、人的構成及び事業運営の面において密接な関係にあり、『グループ企業』とみられる関係にある他の営利企業の経営を維持し、あるいは、倒産を防止することが、ひいては自己の会社の信用を維持し、その利益にもなるとの判断のもとに、右企業に対して金融支援をすることは、それが取締役としての合理的な裁量の範囲内にあるものである限りは、法的責任を追求されるべきことではない。このような観点からして、会社の取締役が、自らの会社の経営上特段の負担にならない限度において、前記のような関係にある他の営利企業に対して金融支援をすることは、担保を徴しない貸付け又は債務保証をした場合であっても、原則として、取締役としての裁量権の範囲内にある行為として、当該会社に対する善管注意義務・忠実義務に違反するものではなく、結果的に貸付金等を回収することができなくなったとしても、そのことだけから直ちに会社に対する右の義務違反があるとして、会社に対して損害賠償責任を負うものではないと解するのが相当である。しかしながら、支援先の企業の倒産することが具体的に予見可能な状況にあり、当該金融支援によって経営の建て直しが見込める状況にはなく、したがって、貸付金が回収不能となり、又は保証人として代位弁済を余儀なくされた上、弁済金を回収できなくなるなどの危険が具体的に予見できる状況にあるにもかかわらず、なお、無担保で金融支援をすることは、もはや取締役としての裁量権の範囲を逸脱するものというべきであり、当該会社に対する善管注意義務・忠実義務に違反するものとして、当該取締役は、商法266条により、右行為によって当該会社の被った損害を賠償する責任があると解するのが相当である。」としたうえで、「昭和58年10月以降は、甲社に対し、新たに多額の金銭の貸付けや債務保証を行うことは、乙社の取締役としては差し控えるべきであり、仮に、貸付け等をするにしても、甲社が倒産する事態に備えて確実な担保を徴するなどの十分な債権保全措置を講ずるべきであったというべきである。それにもかかわらず、Y1は、昭和58年10月以降も、十分な債権保全措置を講ずることなく、甲社に対し、・・・金銭を貸し付けた・・・のであるから、これらの貸付け及び保証行為は、取締役としての善管注意義務・忠実義務に違反するものというべきである。」などとして、1審同様にY1に損賠賠償責任があることを認めました。
次に、Y2らの監視義務違反の点ついて「Y2ら5名は、右の貸付けについて、乙社の取締役会が開催されたことはなく、また、乙社の業績からいっても、特段の負担にはならないものであった旨主張する。しかしながら、既に述べたとおり、昭和58年10月当時、甲社に貸付けをすれば、乙社が損害を被ることが具体的に予見できたというべきであるから、その損害額が、乙社の業績からいって、同社にとって特段の負担にはならない程度のものであったとしても、取締役としての責任を免れないというべきである。なお、右の貸付けについて、仮に、乙社の取締役会が開催されたことがなかったとしても、Y2らは、乙社の取締役として、Y1の業務執行一般について監視し、取締役会を招集することを求め、取締役会を通じてその業務執行が適正に行われるようにすべき職責を怠ったというべきであるから、取締役としての監視義務違反の責任を免れることはできない。」「Y1は、昭和58年10月31日から昭和59年6月26日まで、乙社の取締役としての善管注意義務・忠実義務に違反して、甲社に貸付け等の行為をしたが、その際、乙社の取締役であったY2らがY1の右行為を全く阻止しなかったことは当事者間に争いがなく、・・・Y1は、乙社の取締役に相談した上で右の行為をしたこと、相談を受けた右の者らは、甲社の経営が悪化し、その経営の基盤が危うく、経営の建て直しが見込める状況にはなく、倒産の危険があることを十分知り得る立場にあり、かつ、従前の貸付けについてほとんど返済がされていないにもかかわらず、特段の債権保全措置を講ずることもなく多額の貸付け等を行うものであることを認識し、あるいは少なくとも認識し得たにもかかわらず、代表取締役であったY1の意向に唯々諾々と従って右の行為を了承していたことが認められるのであるから、Y2らが取締役としての監視義務に違反したことは明らかである。」として、1審同様にXの請求を一部認めました。
大阪地判H13.12.5

商社によるゴルフ場開発会社への融資が問題となった事案

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甲社が乙社に対して200億円の融資を行ったことについて、甲社を吸収合併したXが、甲社の代表取締役兼取締役であったYに対し、融資に当たっては、適切な事前調査等により融資先の信用状態を的確に把握するとともに、融資金の回収を確実に確保するために十分な担保を徴求するなどの措置を講じ、会社に損害を与えないようにすべき善管注意義務があったのにこれを怠り、甲社に損害を与えたとして、損害賠償を求めて提訴しました。
本判決は「Yは、本件融資による貸付金額が200億円という多額であるにもかかわらず、貸付金の返済を確実に受け、あるいは、回収を確実に行うために必要な調査・検討を自ら行うことも、また、担当の取締役及び従業員に指示をして行わせてその結果の報告を受けることもなく、何らの合理的根拠のないまま本件ゴルフ場の会員権の販売により乙社が受け取る代金で返済を受けられるものと軽信し、しかも、十分な担保を徴求することなく、漫然と、本件融資の決裁を行ったものであるから、自己保身のため企画料名目による30億円の還流を受けようとして、甲社の利益を犠牲にして本件融資を実行したか否かはともかく、少なくとも、取締役としての善管注意義務(商法254条3項、民法644条)に違反したことは明らかである。」として、Xの請求を認めました。
東京地判H14.4.25

銀行の取締役について、当該状況下において合理的と考えられる情報収集・分析、検討を怠り、追加融資を打ち切る場合の損失に比し、追加融資を行う場合の回収不能によるリスクを著しく過小に評価したなどして責任が認められた事例

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銀行(整理回収機構が債権譲渡に伴い承継)Xが、追加融資を担当したYに対して、追加融資に際し、取締役の善管注意義務違反があったとして、責任を追及したもの。本判決は以下のように説示して、Yの責任を認めました。
「銀行の取締役には、時々刻々と変化する経済環境の中で種々の事情を考慮の上、収益機会を求めて合理的に計算されたリスクに立ち向かう果断さとともに、見込みのない事業から撤退する冷静な勇気が求められているものというべきである。・・・しかしながら、このような判断は、時間と情報の制約の中で、経済情勢、当該プロジェクトの属する市場の動向、プロジェクト運営主体の経営能力、取引先との関係や銀行を取り巻く社会情勢など複雑かつ多様な諸事情を勘案した総合的判断であることから、情勢分析とその衡量判断の当否は、意思決定の時点において一義的に定まるものではなく、取締役の経営判断に属する事項としてその裁量が認められるべきである。
 そして、取締役の判断に許容された裁量の範囲を超えた善管注意義務違反があるとするためには、判断の前提となった事実の認識に不注意な誤りがあったか否か、又は判断の過程・内容が取締役として著しく不合理なものであったか否か、すなわち、当該判断をするために当時の状況に照らして合理的と考えられる情報収集・分析、検討がなされたか否か、これらを前提とする判断の推論過程及び内容が明らかに不合理なものであったか否かが問われなければならない。
 ウ 他方で、取締役の行なった情報収集・分析、検討などに不足や不備がなかったかどうかについては、分業と権限の委任により広汎かつ専門的な業務の効率的な遂行を可能とする大規模組織における意思決定の特質が考慮に入れられるべきであり、下部組織が求める決裁について、意思決定権者が、自ら新たに情報を収集・分析し、その内容をはじめから検討し直すことは現実的でなく、下部組織の行った情報収集・分析、検討を基礎として自らの判断を行なうことが許されるべきである。特に、Xのように専門知識と能力を有する行員を配置し、融資に際して、営業部店、審査部、営業企画部などがそれぞれの立場から重畳的に情報収集、分析及び検討を加える手続が整備された大銀行においては、取締役は、特段の事情のない限り、各部署において期待された水準の情報収集・分析、検討が誠実になされたとの前提に立って自らの意思決定をすることが許されるというべきである。そして、上記のような組織における意思決定の在り方に照らすと、特段の事情の有無は、当該取締役の知識・経験・担当職務、案件との関わり等を前提に、当該状況に置かれた取締役がこれらに依拠して意思決定を行なうことに当然に躊躇を覚えるような不備・不足があったか否かにより判断すべきである。・・・以上要するに、本件追加融資の判断の前提となった情報収集・分析、検討は、追加融資を打ち切る場合の利害得失については、Xに生じる損失の吟味及びこれを最小化する方策の検討が不十分であった。他方で、追加融資を実行する場合については、本件追加融資の外に、状況によってはさらに融資を行なう必要が見込まれ、これらは既存の融資額、さらには追加融資の打ち切りにより想定されていた有形・無形の損失と比較して数倍にも及ぶ巨額の融資であり、新たに貸倒リスクを拡大するものであるから、迫加融資を実行する方が全体として利益であるということを合理的に期待しうるためには、融資全体について相当程度の回収可能性があることが必要であった。さらに、本件追加融資は、Xのこれまでの本件プロジェクトに対する関わりと異なって会員権の売れ残りあるいは本件事業の運営についてのリスクの大部分を引き受けることになるものであることから、会員権の販売可能性ないしホテル事業としての収益可能性について慎重な検討が求められる状況であった。・・・以上によれば、本件追加融資を行なった被告の判断は、当該状況下において合理的と考えられる情報収集・分析、検討を怠り、追加融資を打ち切る場合の損失に比し、追加融資を行なう場合の回収不能によるリスクを著しく過小に評価し、その衡量判断を誤って、回収可能性の乏しい本件プロジェクトに対して巨額の追加融資を行なったものであり、取締役として許容された裁量を逸脱した善管注意義務違反がある。
大阪高判H18.6.9

違法行為を隠蔽をしたことにつき、取締役の責任が認められた事案

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甲社が食品販売部門において平成12年5月より販売を開始した商品に、食品衛生法上使用が認められていない添加物が混入していました。かかる事実は平成12年12月ころ甲社担当者の知るところとなりましたが、甲社の役員であったY1らには平成13年2月以降に知らされたようです。その後も当該商品は販売が継続され、取締役会では、かかる事実の公表は議題になりませんでした。ところが、平成14年5月に、隠ぺいの事実が報道されるに至り、甲社は、平成15年3月期決算において、加盟店営業補償など105億円の特別損失を計上したため、甲社の株主であったXが、甲社の取締役であったYらに対して、株主代表訴訟を提起したところ、第1審は、Yらの一部についてしか責任を認めなかったためXが控訴しました。
本判決は経営判断の原則につき「Yらは、本件混入や本件販売継続の事実が・・・マスコミに流される危険を十分認識しながら、それには目をつぶって、あえて、『自ら積極的には公表しない』というあいまいな対応を決めたのである。そして、これを経営判断の問題であると主張する。しかしながら、それは、本件混入や販売継続及び隠ぺいのような重大な問題を起こしてしまった食品販売会社の消費者及びマスコミへの危機対応として、到底合理的なものとはいえない。すなわち、現代の風潮として、消費者は食品の安全性については極めて敏感であり、企業に対して厳しい安全性確保の措置を求めている。未認可添加物が混入した違法な食品を、それと知りながら継続して販売したなどということになると、その食品添加物が実際に健康被害をもたらすおそれがあるのかどうかにかかわらず、違法性を知りながら販売を継続したという事実だけで、当該食品販売会社の信頼性は大きく損なわれることになる。ましてや、その事実を隠ぺいしたなどということになると、その点について更に厳しい非難を受けることになるのは目に見えている。それに対応するには、過去になされた隠ぺいとはまさに正反対に、自ら進んで事実を公表して、既に安全対策が取られ問題が解消していることを明らかにすると共に、隠ぺいが既に過去の問題であり克服されていることを印象づけることによって、積極的に消費者の信頼を取り戻すために行動し、新たな信頼関係を構築していく途をとるしかないと考えられる。また、マスコミの姿勢や世論が、企業の不祥事や隠ぺい体質について敏感であり、少しでも不祥事を隠ぺいするとみられるようなことがあると、しばしばそのこと自体が大々的に取り上げられ、追及がエスカレートし、それにより企業の信頼が大きく傷つく結果になることが過去の事例に照らしても明らかである。・・・企業にとっては存亡の危機をもたらす結果につながる危険性があることが、十分に予測可能であったといわなければならない。したがって、そのような事態を回避するために、そして、現に行われてしまった重大な違法行為によって甲社が受ける企業としての信頼喪失の損害を最小限度に止める方策を積極的に検討することこそが、このとき経営者に求められていたことは明らかである。ところが、前記のように、Yらはそのための方策を取締役会で明示的に議論することもなく、『自ら積極的には公表しない』などというあいまいで、成り行き任せの方針を、手続き的にもあいまいなままに黙示的に事実上承認したのである。それは、到底、『経営判断』というに値しないものというしかない。・・・したがって、・・・Yらに『自ら積極的には公表しない』という方針を採用し、消費者やマスコミの反応をも視野に入れた上での積極的な損害回避の方策の検討を怠った点において、善管注意義務違反のあることは明らかである。」と述べて役員の責任を認めました。なお、XY双方から上告・上告受理申立てがなされたが、上告棄却、不受理決定(最高裁判所H20.2.12)がなされています。
最判H20.1.28

整理回収機構の破綻金融機関の役員等に対する損害賠償請求が認められた事例  

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整理回収機構Xが、経営破たんしたA銀行の取締役であったYらに対し、A銀行の甲に対する融資の際にYらに忠実義務、善管注意義務違反があったと主張して、損害賠償請求をしたものです。本判決は次のように説示しXの請求を認めました。
「A銀行は、本件過振りの結果、甲に対して48億4000万円の無担保債権を有することとなり、その保全を図る目的で甲から本件不動産の担保提供を受けようとしたところ、担保を提供する条件として甲に対する総額20億円の本件追加融資を求められたものであるが、甲は、本件過振りによって得た48億4000万円を株の仕手戦等に費消していて、過振りが継続されるか別途融資を受ける以外にはこれを返済する見通しがなかった上、資金繰りが悪化して近日中に不渡りを出すことが危ぶまれる状況にあったというのである。本件追加融資は、このように健全な貸付先とは到底認められない債務者に対する融資として新たな貸出リスクを生じさせるものであるから、本件過振りの事後処理に当たって債権の回収及び保全を第一義に考えるべきYらにとって、原則として受け容れてはならない提案であったというべきである。それにもかかわらず、本件追加融資に応じるとの判断に合理性があるとすれば、それは、本件追加融資の担保として提供される本件不動産について、仮に本件追加融資後にその価格が下落したとしても、その下落が通常予測できないようなものでない限り、本件不動産を換価すればいつでも本件追加融資を確実に回収できるような担保余力(以下、このような担保余力を「確実な担保余力」という。)が見込まれる場合に限られるというべきである。したがって、A銀行の取締役であったYらとしては、本件不動産について、総額20億円の本件追加融資の担保として確実な担保余力が見込まれるか否かを、客観的な判断資料に基づき慎重に検討する必要があったというべきである。
 ところが、本件会議の席上で示された本件不動産の担保評価に関する判断資料としては、G鑑定士による評価額が約155億円であり、甲自身による評価額が200億円であるとの口頭の報告があったにすぎない。しかも、G鑑定士による評価額は、地上げ途上の物件も含めてすべてを更地として評価した場合の本件不動産の時価であって、およそ実態とかけ離れたものであり、また、甲自身による評価額についてもその根拠ないし裏付けとなる事実が示された形跡はうかがわれない。それにもかかわらず、Yらは、他に客観的な資料等を一切検討することなく、安易に本件不動産が本件追加融資の担保として確実な担保余力を有すると判断したものである。そして、前記認定事実によれば、本件追加融資の決定からわずか5か月後には、本件不動産の実効担保価格は約18億円~22億円程度にすぎなかったというのであり、この間、本件不動産について本件追加融資決定時には通常予測できないような価格の下落があったこともうかがわれないので、本件追加融資決定時において、本件不動産は、本件追加融資の担保として確実な担保余力を有することが見込まれる状態にはなかったというべきである。なお、原審は、平成2年6月に実施されたA銀行の内部調査でも本件不動産に約35億円の担保価値が認められていたというが、・・・これが客観的な実効担保価格を示すものでないことは明らかである。
 そうすると、甲に対し本件不動産を担保とすることを条件に本件追加融資を行うことを決定したYらの判断は、本件過振りが判明してから短期間のうちにその対処方針及び本件追加融資に応じるか否かを決定しなければならないという時間的制約があったことを考慮しても、著しく不合理なものといわざるを得ず、Yらには取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があったというべきである。」
さいたま地判H22.3.26

子会社に対する増資が問題となった事案

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X社が、甲社の発行済み全株式を無償で取得して甲社を完全子会社化した上、甲社に対し1億円の増資をしたことについて、同増資は甲社の大株主であった乙が代表取締役を務める丙社の甲社に対する債権を期限前に回収することを目的としてされたものであり、甲社の取締役会においてこれらの事項に係る議案に賛成した元取締役Yらは、取締役としての善管注意義務に違反したものであると主張して、X社がYらに対し、会社法423条に基づく損害賠償などを求めて提訴しました。
本判決は「取締役は、会社の経営に関し善良な管理者の注意をもって忠実にその任務を果たすべきものであり(会社法330条、民法644条)、その任務を怠った場合には善管注意義務違反として、これにより会社に生じた損害を賠償する責任を負うところ(会社法423条1項)、その任務には、法令を遵守して職務を行うことも含まれる(会社法355条)。もっとも、取締役の経営判断に基づく施策が結果的に会社に損害をもたらした場合であっても、そのことから直ちに取締役が必要な注意を怠ったと断定することは相当でなく、実際に行われた取締役の経営判断そのものを対象として、その前提となった事実の認識について不注意な誤りがあったかどうか、また、その事実に基づく意思決定の過程、内容が会社経営者として著しく不合理なものであったかどうかという観点から審査を行うべきである。そして、前提となった事実認識に不注意な誤りがあり、又は、意思決定の過程、内容が著しく不合理であったと認められる場合には、その取締役の経営判断は、許容される範囲を逸脱したものとして、善管注意義務に違反するものというべきである。」としたうえで、一部の被告につき「本件買収という経営判断の前提として、甲社の丙社に対する依存度を踏まえた丙社の財務状況に関する事実認識の前提となるその調査及び分析を十分に行わなかったという点において、不注意な誤りがあったというべきであり、善管注意義務違反があったものと認められる。」とし、他の被告についても「・・・提供された甲社の財務、経営状況に関する情報のみをもって本件買収に至ることそれ自体については、経営判断として著しく不合理であるとまではいえない。しかし、被告Y1らは、そもそも、本件買収案件を主導する被告Y2らが提供する情報にのみ依存して本件買収の意思決定を行っているのであって・・・、デューデリジェンスは、会計デューデリジェンスとして、甲社による回答内容の信憑性の検討、現金預金、有価証券の実査、債権債務等の相手方への確認等が行われていないため、その内容の正確性が担保されておらず、ビジネスデューデリジェンス及び法務デューデリジェンスは一切行われていないのであるから、甲社の買収という経営判断に当たっての資料としては不十分であるというほかなく、買収の必要性、相当性について取締役の責任を問われるリスクがあるとの厳しい意見を突き付けられているにもかかわらず、これらの調査及び分析、検証を補うことなく本件買収に至ったもので、甲社について、中立的、第三者的な立場からの財務、経営状況等の把握、将来性等の検討が不十分であったといわざるを得ない。・・・・本件買収という経営判断に当たっての事実認識の前提となる調査及び分析を十分に行わなかったという点において不注意な誤りがあったというべきであり、善管注意義務違反があったものと認めるのが相当である。」としてXの請求を一部認めました。