このページでは、取締役の会社に対する責任の一つである、取締役の使用人に対する監督義務違反について整理しています。例えば、使用人が横領をして会社に損害が発生したような場合の取締役の責任の有無として議論されています。そして、使用人に対する監督義務違反は、一般的には内部統制システム構築義務違反として議論されています。

なお、取締役の会社に対する責任全般については、下記のリンク先をご参照ください。

1 取締役の使用人に対する監督義務違反についての考え方の整理

取締役が直接関与しない態様で使用人が不祥事等を起こし会社に損害が発生した場合、取締役の使用人に対する監督義務違反の有無が問題となります(取締役の賠償義務を肯定したものとして東京高判H14.4.25、取締役の賠償義務を否定したものとし東京地判H21.10.22)。

この使用人に対する監督義務を敷衍したものが、内部統制システム構築義務と考えられます。

ただし、東京地判H17.2.10東京地判H16.5.20では、監督義務違反内部統制システム構築義務違反を区分して判示していて、別の概念との見解も成り立ち得るところです。この点は、原告側の請求の立て方にもよるところであり、必ずしも整理がされていません。

2 内部統制システム構築義務にかかる法令上の定め

⑴ 会社法上の定め

会社法において(会社法348条4項・3項4号、362条5項・4項6号、416条2項・1項1号ロ・ホ、会社法施行規則98条,100条、112条)、明文で取締役には以下の義務が課している。

会社法348条3項(4号)

取締役は、次に掲げる事項についての決定を各取締役に委任することができない。
四 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備

取締役会設置会社につき会社法362条4項6号、委員会設置会社につき会社法416条1項1号ロ・ホにほぼ同様の定めがあります。

会社法施行規則98条

法第348条第3項第4号に規定する法務省令で定める体制は、次に掲げる体制とする。
一 取締役の職務の執行に係る情報の保存及び管理に関する体制
二 損失の危険の管理に関する規程その他の体制
三 取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制
四 使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制
五 当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制
2  取締役が二人以上ある株式会社である場合には、前項に規定する体制には、業務の決定が適正に行われることを確保するための体制を含むものとする。
3  監査役設置会社以外の株式会社である場合には、第一項に規定する体制には、取締役が株主に報告すべき事項の報告をするための体制を含むものとする。
4 監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含む。)である場合には、第一項に規定する体制には、次に掲げる体制を含むものとする。
一 監査役がその職務を補助すべき使用人を置くことを求めた場合における当該使用人に関する事項
二 前号の使用人の取締役からの独立性に関する事項
三 取締役及び使用人が監査役に報告をするための体制その他の監査役への報告に関する体制
四 その他監査役の監査が実効的に行われることを確保するための体制

取締役会設置会社につき会社法施行規則100条、委員会設置会社につき同112条にほぼ同様の定めがある

⑵ 金融商品取引法上の定め

金融商品取引法24条の4の4第1項は以下のように定め、内部統制報告書の提出を義務づけています。つまり上場会社等については、会社法の規制に加えて、金融商品取引法に基づく内部統制システムの構築が求められていることになります。

金融商品取引法 第24条の4の4(第1項)

第24条第1項の規定による有価証券報告書を提出しなければならない会社(第23条の3第4項の規定により当該有価証券報告書を提出した会社を含む。次項において同じ。)のうち、第24条第1項第1号に掲げる有価証券の発行者である会社その他の政令で定めるものは、内閣府令で定めるところにより、事業年度ごとに、当該会社の属する企業集団及び当該会社に係る財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するために必要なものとして内閣府令で定める体制について、内閣府令で定めるところにより評価した報告書(以下「内部統制報告書」という。)を有価証券報告書(同条第8項の規定により同項に規定する有価証券報告書等に代えて外国会社報告書を提出する場合にあつては、当該外国会社報告書)と併せて内閣総理大臣に提出しなければならない。

3 取締役の内部統制システム構築違反が問題となった裁判例

⑴ 取締役の賠償責任を否定した裁判例

東京地判H21.10.22

インサイダー取引防止義務が問題となった事案(取締役の賠償義務を否定)

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新聞を発行する甲社の従業員Aがインサイダー取引を行い、その一部について刑事責任を問われたことについて、甲社の株主であるXらが、甲社の取締役Yらに対して、従業員によるインサイダー取引を防止することを怠った任務懈怠(善管注意義務違反)があり、これによって、甲社の社会的信用が失墜し、甲社に損害が発生したとして、株主代表訴訟として、損害賠償請求訴訟を提起しました。
本判決は、「株式会社の取締役は、会社の事業の規模や特性に応じて、従業員による不正行為などを含めて、リスクの状況を正確に把握し、適切にリスクを管理する体制を構築し、また、その職責や必要の限度において、個別リスクの発生を防止するために指導監督すべき善管注意義務を負うものと解される(旧商法254条3項、民法644条)。・・・甲社は、・・・我が国有数の報道機関であり、その報道機関としての性質上、多種多様な情報を大量に取り扱っており、その従業員は、報道部門や広告部門なども含めて、業務遂行上、秘密性のある情報や未公表情報などのインサイダー情報に接する機会が多いといえる。したがって、甲社の取締役としては、それらの事情を踏まえ、一般的に予見できる従業員によるインサイダー取引を防止し得る程度の管理体制を構築し、また、その職責や必要の限度において、従業員によるインサイダー取引を防止するために指導監督すべき善管注意義務を負うものと解される。」としたうえで「会社が、その有する多種多様な情報について、どのような管理体制を構築すべきかについては、当該会社の事業内容、情報の性質・内容・秘匿性、業務の在り方、人的・物的態勢など諸般の事情を考慮して、その合理的な裁量に委ねられていると解される。この観点からみると、甲社(Yら)が本件インサイダー取引当時とっていた・・・管理体制は、情報管理に関して、一般的にみて合理的な管理体制であったということができる。」などと判示して、請求を棄却しました。
東京地判H17.2.10

牛肉偽装事件ついて、監督義務違反及び内部統制システム構築義務違反が否定された事案

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甲社が、平成14年に発覚したいわゆる牛肉偽装事件により、その社会的信用が著しく毀損されて事実上の営業不能に陥り、同年4月30日付け臨時株主総会による解散決議を経て、清算手続が開始されるという事態に至ったところ、甲社の株主であるXが、甲社の取締役Yらに対し、株主代表訴訟として、牛肉偽装工作に積極的に関与ないしは、牛肉偽装を防止するために適切な権限の行使をせずその監視義務ないし監査義務に違反したなどと主張して、損害賠償請求訴訟を提起しました。
本判決は、牛肉偽装をした使用人の直接の上司であるYらに、本件牛肉偽装工作を防止し得なかったことについて、取締役としての善管注意義務違反(管理監督責任)があるかにつき「本件牛肉偽装工作がなされた当時、Yらが部下がそのような違法な行為を行っているあるいは行う可能性があることを認識し、これを防止する方策をとらなかったことをもって取締役としての善管注意義務に反する違法な行為であると認定することには無理があるというべきである。」として監督義務違反を否定しました。
 一方、Yらが本件牛肉偽装工作に関し、適切な内部統制システムの構築及び運営を行う義務に違反したかについても別途検討し、責任を否定しました。
東京高判H20.5.21

デリバティブ取引による巨額損失について監視義務違反に基づく責任が否定された例)

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甲社は、平成3年から平成10年にかけてデリバティブ取引を行っていたが、かかる取引で533億円にのぼる損失を計上しました。そこで、甲社の株主Xらが、甲社の取締役のうち、デリバティブ取引担当であったY1には取引についての善管注意義務違反で、その他の取締役Y2らについては監視義務違反に基づき株主代表訴訟を提起したところ、第1審がY1の責任は認めたものの、Y2らの責任を認めなかったため、Xが控訴したのが本件です。
本判決は「デリバティブ取引は、少額の原資で多額の取引ができるため、投機性が高く、市場動向の見通しが的中すると多額の利益が得られる反面、見通しを誤ると会社の存立にも関わるような巨額な損失が生ずるおそれがあるものであり、かつ、市場動向は完璧には予測ができないものであるから、損失の発生を完全に回避することは不可能といえる。したがって、事業会社が、本業とは別に、このような投機性の高いデリバティブ取引を行うについては、市場動向の見通し等について可能な限り情報収集をし、それを分析、検討して適切な判断をするように務める必要があるほか、このようなデリバティブ取引により発生する損失によって会社の存立にまで影響が及ぶような事態が生ずることを避ける目的で、損失が生じた場合の影響を一定の限度に抑えられるよう、リスク管理の方針を立て、これを適切に管理する体制を構築する必要が生ずるというべきである。・・・もっとも、デリバティブ取引から生ずるリスク管理の方針及び管理体制をどのようなものにするかについては、当該会社の規模、経営状態、事業内容、デリバティブ取引による資金運用の目的、投入される資金の性質、量等の諸般の事情に左右されるもので、その内容は一義的に定まるようなものではないのであり、そこには幅広い裁量があるということができる。・・・以上によると、甲社のような事業会社がデリバティブ取引を行うに当たっては、〈1〉各取締役は、取締役会等の会社の機関において適切なリスク管理の方針を立て、リスク管理体制を構築するようにする注意義務を負うというべきである。もっとも、どのようなリスク管理の方針を定め、それをどのようにして管理するかについては、上記のように、会社の規模その他の事情によって左右されるのであって、一義的に決まるものではなく、そこには幅広い裁量があると考えられるのである。また、上記のように、デリバティブ取引のリスク管理の方法等については、当時未だ一般的な手法は確立されておらず、模索の段階にあったのであるから、リスク管理体制の構築に向けてなされた取締役の判断の適否を検討するに当たっては、現在の時点における知見によるのではなく、その当時の時点における知見に基づき検討すべきものである。・・・実際にデリバティブ取引の実務を担当する取締役は、取締役会等の会社の機関において定められたリスク管理の方針、管理体制に従い、そこで定められた制約に従って取引をする注意義務を負うとともに、個々の取引の実行に当たっては、法令、定款、社内規則等を遵守したうえ、事前に情報を収集、分析、検討して、市場の動向等につき適切な判断をするよう務め、かつ、取引が会社の財務内容に悪影響を及ぼすおそれが生じたような場合には、取引を中止するなどの義務を負うというべきである・・・。
 ・・・会社の業務執行を全般的に統括する責務を負う代表取締役や個別取引報告書を確認し事後チェックの任務を有する経理担当の取締役については、デリバティブ取引が会社の定めたリスク管理の方針、管理体制に沿って実施されているかどうか等を監視する責務を負うものであるが、・・・その他の取締役については、相応のリスク管理体制に基づいて職務執行に対する監視が行われている以上、特に担当取締役の職務執行が違法であることを疑わせる特段の事情が存在しない限り、担当取締役の職務執行が適法であると信頼することには正当性が認められるのであり、このような特段の事情のない限り、監視義務を内容とする善管注意義務違反に問われることはないというべきである。  」として控訴を棄却しました。 なお、Xが上告・上告受理申立てを行いましたが、上告棄却、不受理決定(最判H22.12.3)がなされています。
大阪高判H19.1.18

法令遵守体制構築義務違反が否定された事例  

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甲社が食品販売部門において平成12年5月より販売を開始した商品に、食品衛生法上使用が認められていない添加物が混入していました。かかる事実は平成12年12月ころ甲社担当者の知るところとなりましたが、甲社の役員であったY1らには平成13年2月以降に知らされたようです。その後も当該商品は販売が継続され、取締役会では、かかる事実の公表は議題になりませんでした。ところが、平成14年5月に、隠ぺいの事実が報道されるに至り、甲社は、平成15年3月期決算において、加盟店営業補償など105億円の特別損失を計上したため、甲社の株主であったXが、甲社の取締役であったYらに対して、株主代表訴訟を提起したのが本件です。
本判決は、法令遵守体制構築義務違反があったとする原告の主張に対して「一般に、食品を販売する会社が、他の業者に食品製造を委託する場合に、当然にかつ一律に、自社内に食品管理部門を設置し、独自に検査等をしなければならないとか、製造過程に自社の人材を派遣しなければならないとかいうことはできず、そうしなければ、品質管理や食品衛生法違反等の法令遵守を徹底させる体制を構築整備したことにならないとする道理も見当たらない。・・・食品管理部門を設置していなかったことをもって直ちに品質管理や法令遵守に落ち度があったとはいい難い。・・・当時の役員らに品質管理や食品衛生法違反等の法令遵守を徹底させる体制構築整備の懈怠があったとも評価し難い。」として、この点については、Zの主張を認めませんでした。ただし、Xの他の主張を認めて、請求を一部認容しています。
最判21.7.9

従業員が架空の売上げを計上したために有価証券報告書に虚偽記載がされたことについて、取締役のリスク管理体制構築義務違反が否定された事例

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Xは、平成16年9月に上場会社であったY社の株式を購入しました。Y社の部長であった甲は、平成12年から平成16年にかけて、自己の成績を上げるために、取引先の印鑑等を偽造することにより架空売上を計上し続けていました。かかる架空売上は甲の巧妙な隠ぺいにより、4年間にわたり計上され、その間、Y社の有価証券報告書記載の財務諸表は架空売上分虚偽記載となっていました。平成17年に、Y社は甲の架空売上計上の事実を知り、かかる事実を公表したため、Y社株式は著しく下落したため、XがYに対して、Yの代表取締役乙に内部統制システム構築義務違反があるとして、不法行為に基づく損害賠償請求を行ったのが本件です。第1審、控訴審ともXの請求を一部認めたため、Yが上告しました。
本判決は、「前記事実関係によれば、本件不正行為当時、・・・Yは、通常想定される架空売上げの計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えていたものということができる。そして、本件不正行為は、C事業部の部長がその部下である営業担当者数名と共謀して、販売会社の偽造印を用いて注文書等を偽造し、・・・財務部に架空の売上報告をさせたというもので、営業社員らが言葉巧みに販売会社の担当者を欺いて、監査法人及び財務部が販売会社あてに郵送した売掛金残高確認書の用紙を未開封のまま回収し、金額を記入して偽造印を押捺した同用紙を監査法人又は財務部に送付し、見掛け上はYの売掛金額と販売会社の買掛金額が一致するように巧妙に偽装するという、通常容易に想定し難い方法によるものであったということができる。また、本件以前に同様の手法による不正行為が行われたことがあったなど、Yの代表取締役であるAにおいて本件不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情も見当たらない。
さらに、前記事実関係によれば、売掛金債権の回収遅延につき甲らが挙げていた理由は合理的なもので、販売会社との間で過去に紛争が生じたことがなく、監査法人もYの財務諸表につき適正であるとの意見を表明していたというのであるから、財務部が、甲らによる巧妙な偽装工作の結果、販売会社から適正な売掛金残高確認書を受領しているものと認識し、直接販売会社に売掛金債権の存在等を確認しなかったとしても、財務部におけるリスク管理体制が機能していなかったということはできない。
以上によれば、Yの代表取締役であるAに、甲らによる本件不正行為を防止するためのリスク管理体制を構築すべき義務に違反した過失があるということはできない。」として、Xの請求を棄却しました。
東京地判R2.2.27

銀行持株会社の取締役について、子会社である銀行の融資先に反社会的勢力に該当するものが含まれていたことについての責任が追及された事例において、グループとしての反社会的勢力防止のための内部統制システムは相当なものであるとして、取締役の善管注意義務違反による責任が認められなかった事例

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銀行持株会社甲社の株主であるXらが、甲社の取締役であったYらに対し、甲社の完全子会社である銀行とB社との提携ローンにおいて、融資先に、甲社の内部の基準によれば反社会的勢力に該当する者が含まれていることを認識したにもかかわらず、甲社の取締役として、新たに反社会的勢力との取引が発生することを防止するための体制を構築する義務等及び、認識した当該反社会的勢力との取引を解消するために具体的な措置を講じるよう求める義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったという善管注意義務違反によって、甲社が業務停止や信用毀損等の損害を被ったなどと主張して、損害賠償の支払いを求めて株主代表訴訟を提起したのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xらの請求を認めませんでした。
「甲社グループとしての反社会的勢力防止のための内部統制システムの構築は相当なものであり、Yらが同構築義務に違反するところはないというべきである。・・・Yらにおいて、甲社ないし甲社グループにおける反社会的勢力防止のための内部統制システムに支障が生じていたとはせず、監視・是正を行わなかったことについて、その判断に裁量違反はなく、本件全証拠を精査しても、監督・是正が必要となる特段の事情があったと認めるに足りる証拠はない。」
大阪地判R4.5.20(大阪高判R4.12.8控訴棄却)

上場会社である大手ハウスメーカーが、地面師の詐欺行為により50億円を超える損害を出したことについて、取締役の善管注意義務違反による責任が認められなかった事例

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大手ハウスメーカーである甲社が、詐欺グループが仕組んだ架空の取引により、50億円以上を詐取されたことについて、甲社の株主が甲社の取締役Yらに対して株主代表訴訟を提起したのが本件です。
本判決は、以下のように説示して、Yらの責任を否定しました。
「取締役による決裁を経て不動産を購入するに至ったが、それによって当該会社に損害が生じた場合、かかる意思決定に関与した取締役が当該会社に対して善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うか否かについては、取締役に求められる上記の判断が、当該会社の経営状態や当該不動産の購入によって得られる利益等の種々の事情に基づく経営判断であることからすれば、取締役による当時の判断が取締役に委ねられた裁量の範囲に止まるものである限り、結果として会社に損害が生じたとしても、当該取締役が上記の責任を負うことはないと解され、当該取締役の地位や担当職務等を踏まえ、当該判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものである場合には、かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものでない限り、当該取締役が善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うことはないというべきである。・・・そして、会社によっては、その組織の規模等のために、各種の業務を種々の部署で分担し、その部署に知見や経験を集積して、権限も適宜委譲することによって、専門的知見を要する業務も含めて広汎な各種業務に効率的に対応することを可能とするものもあり、当該会社がこのような大規模で分業された組織形態となっている場合には、取締役がこれらの各部署で検討された結果を信頼してその経営上の判断をすることは、取締役に求められる役割という観点からみても、合理的なものということができる。そうすると、当該会社が大規模で分業された組織形態となっている場合には、当該取締役の地位及び担当職務、その有する知識及び経験、当該案件との関わりの程度や当該案件に関して認識していた事情等を踏まえ、下部組織から提供された事実関係やその分析及び検討の結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り、当該取締役が上記の事実等に基づいて判断したときは、その判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程は合理的なものということができる。・・・残代金決済前倒しを了承した被告Y1の判断は、その前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものであり、かつ、かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものではなかったのであるから、経営判断として同被告に許された裁量の範囲に止まるものであったということができ、被告Y1が、残代金決済前倒しを了承したことを理由に善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うということはできない。・・・甲社の内部統制システム(リスク管理体制)が実効的に機能していなかったということはできず、したがって、被告Y1に、Xの主張する、本件取引が中止されるような内部統制システム(リスク管理体制)を構築すべき義務があったということはできない。」

⑵ 取締役の責任が肯定された事例

大阪地判H12.9.20(甲銀行ニューヨーク支店事件)

取締役に内部統制システム構築義務違反が認められた事例

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甲銀行のニューヨーク支店で米国財務省証券の取引を行っていた行員が、10年以上にわたり損失を隠ぺいし続け、結果的に約11億ドルにのぼる損害を甲銀行に与えました。また、かかる事件に関して、甲銀行は米国当局から刑事訴追を受け、有罪の答弁を行って罰金3億4000ドルを支払いました。そこで、甲銀行の株主Xらが、甲銀行の取締役及び監査役に対して、株主代表訴訟を提起したのが本件です。
本判決は、内部統制システム構築に関する取締役の任務懈怠の有無について、「健全な会社経営を行うためには、目的とする事業の種類、性質等に応じて生じる各種のリスク、例えば、信用リスク、市場リスク、流動性リスク、事務リスク、システムリスク等の状況を正確に把握し、適切に制御すること、すなわちリスク管理が欠かせず、会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制(いわゆる内部統制システム)を整備することを要する。そして、重要な業務執行については、取締役会が決定することを要するから(商法260条2項)、会社経営の根幹に係わるリスク管理体制の大綱については、取締役会で決定することを要し、業務執行を担当する代表取締役及び業務担当取締役は、大綱を踏まえ、担当する部門におけるリスク管理体制を具体的に決定するべき職務を負う。この意味において、取締役は、取締役会の構成員として、また、代表取締役又は業務担当取締役として、リスク管理体制を構築すべき義務を負い、さらに、代表取締役及び業務担当取締役がリスク管理体制を構築すべき義務を履行しているか否かを監視する義務を負うのであり、これもまた、取締役としての善管注意義務及び忠実義務の内容をなすものと言うべきである。監査役は、商法特例法22条1項の適用を受ける小会社を除き、業務監査の職責を担っているから、取締役がリスク管理体制の整備を行っているか否かを監査すべき職務を負うのであり、これもまた、監査役としての善管注意義務の内容をなすものと言うべきである。
もっとも、整備すべきリスク管理体制の内容は、リスクが現実化して惹起する様々な事件事故の経験の蓄積とリスク管理に関する研究の進展により、充実していくものである。したがって、様々な金融不祥事を踏まえ、金融機関が、その業務の健全かつ適切な運営を確保するとの観点から、現時点で求められているリスク管理体制の水準をもって、本件の判断基準とすることは相当でないと言うべきである。また、どのような内容のリスク管理体制を整備すべきかは経営判断の問題であり、会社経営の専門家である取締役に、広い裁量が与えられていることに留意しなければならない。」としたうえで、一部の取締役及び監査役を除き、任務懈怠責任を認めました。なお、控訴後和解でしています。
東京高判H14.4.25

サイト差取引による損失等が問題となった事案(取締役の賠償義務を肯定。上告棄却

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甲社の社員Aが、乙に対し、業者間転売取引よる石油製品の取引価格の上乗せあるいはサイト差取引により、総額63億円以上の資金を違法かつ不当に供与し、この資金につき必要経費として違法な所得隠しの税務申告をして、重加算税を含め約27億6000万円を追徴課税されたと主張して、甲社の株主であるXが、株主代表訴訟として、甲社の取締役であったYらに対し、取締役の任務違反による損害賠償請求訴訟を提起しました。第1審はXの請求を棄却したため、Xが控訴しました。
本判決は、一部の取締役について「・・・、その後平成7年8月末までの間に、それまでのAによる乙に対する利益供与の実態がどういうものであったかを知ろうとせず、利益供与の方法や供与された利益の総額についてAに説明を求めたことはなかった。 また、月額2000万円を超える報酬を乙に支払うことについて合理性がないことは、Yらも認めるところであり、・・・取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反するというべきである。・・・平成6年5月にAによる無断報酬増額の事実が発覚したのであり、その際、Yらは、Aからの報告によって、乙からの報酬増額の要求が並々ならぬことを認識したはずであるから、報酬を大幅に減額するよう指示すれば、これに代わるものとして乙からいかなる要求が出てくるか、それに対してAが断固としてこれを拒絶することができるか、といった点についても上司として当然検討をし、その対策を講じておく義務があったというべきであり、Aの行為について綿密な管理監督をしなければならない具体的事情があったというほかない。したがって、平成6年6月以降平成7年8月末までの間、Aがそれまでにした利益供与の実態を把握しようとせず、そのため、サイト差取引によって乙に利益供与をしていたことに気付かず、したがって、サイト差取引についての経営判断をせず、平成6年6月以降もAにサイト差取引による利益供与を継続させたことについて、Yらには善管注意義務違反があったといわざるを得ない。」として、Xの請求を認めました。