このページでは、取締役の会社に対する責任について整理しています。取締役は、会社に対して、任務懈怠責任をはじめ、様々な義務を負っています。これは取締役の会社における役割の重要性を反映したものです。
なお、株主が会社に代わって取締役の責任を追及する株主代表訴訟の手続などについては下記のリンク先をご参照下さい。
また、取締役は第三者に対しても特別の責任を負っています。その点は、下記のリンク先をご参照ください。
1 任務懈怠責任(会社法423条)が基本です! その具体的な内容とは?
⑴ 任務懈怠責任(会社法423条)のまとめ
取締役は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(会社法423条1項)。具体的な内容をまとめると以下のとおりです。
任務懈怠責任の具体的な内容としては、裁判例を通じて、①法令違反、②経営判断の誤り、③利益相反取引、④他の取締役に対する監視義務違反、⑤使用人に対する監督義務違反など分けて議論がされています。以下、それぞれについて、ご説明します。
⑵ 法令違反 「法令」の範囲については議論があります。
取締役は、法令及び定款、株主総会決議を遵守して職務を行わなければならない(会社法355条)とされています。
取締役が法令違反をした場合、任務懈怠責任に反すると解されています。
法令違反の「法令」には、公益保護を目的とする法令(独禁法、刑法など)の違反なども含まれます(最判12.7.7)。
最判12.7.7:商法266条1項5号(会社法355条、会社法423条)にいう「法令」には、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべき全ての規定が含まれると説示した判例
東京地判R4.3.28 独禁法違反による排除措置命令及び課徴金納付命令を受けた会社の取締役らについて、法令遵守義務違反を認めた裁判例
⑶ 経営判断の誤り
経営判断の誤りも、任務懈怠責任を問われることがあります。しかしながら、経営は常にリスクを伴っていることから、取締役に責任を認めるべき場合は限定されるべきという考え方が、裁判例でも認められています。この考え方を、経営判断の原則と呼びます。
経営判断の原則が適用されるか否かは、ケースバイケースですが、当該状況下で事実認識・意思決定過程に不注意がなければ、取締役に広い裁量が認められるとする裁判例が多いといわれています(江頭憲治郎「会社法」(第8版)493頁)。裁判例などは以下のリンク先をご参照下さい。
⑷ 利益相反取引
取締役(間接取引であれば代表取締役)は、利益相反取引を行うにあたり、重要な事実を開示して株主総会(取締役会非設置会社)又は取締役会(取締役会設置会社)の承認を得なければならなりません(会社法356条1項、365条1項、419条2項)。
承認を受けた場合であっても、取締役等は任務懈怠による会社に対する責任を免れません(会社法423条1項)。
さらに、監査等委員会の承認を得ている場合を除き、当該取引を行った取締役に加え、会社が当該取引をすることを決定した取締役、取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役の任務懈怠も推定される(会社法423条3項)など、厳しい規制が課されています。
利益相反取引規制については、以下のリンク先の中でも、ご説明をしております。
⑸ 他の取締役に対する監視義務違反
自らが任務懈怠責任を問われる行為を行った場合でなくても、他の取締役が任務懈怠責任を問われる行為を行ったことに対する監視義務違反を問われる場合があります。
他の取締役に対する監視義務違反が、判例により認められています(最判S48.5.22 東京高判8.11.12 東京高判H20.5.24など)。裁判例などは以下のリンク先をご参照下さい。
⑹ 使用人に対する監督義務違反
取締役の使用人に対する監督義務違反として、取締役の責任が問題となることがあります。
例えば、使用人が横領をして会社に損害が発生したような場合の取締役の責任の有無として議論されています。
使用人に対する監督義務違反は、一般的には内部統制システム構築義務違反として議論されています。内部統制システム構築義務違反については、以下のリンク先をご参照ください。
⑺ 不祥事の公表の要否
不祥事が発生した場合、特に上場会社の場合には取締役はすみやかに開示すべき義務を負うものと考えられます(大阪高判H18.3.9、大阪地判R6.1.26)。しかしながら、一方で、調査検討が不十分であったにもかかわらず公表したことについて役員の責任が認められたケースもあります(東京地判H26.12.18)ので注意が必要です。取締役としては、調査をし、不祥事(不正行為等)の事実確認ができた段階ですみやかに公表すべきことが必要であると考えられます。
大阪高判H18.3.9 違法行為を隠蔽をしたことにつき、取締役の責任が認められた事案
大阪地判R6.1.26 品質不正が確認された際に、すみやかに公表しなかったことについて、当該会社の完全親会社の取締役の善管注意義務違反が認められた事例
東京地判H26.12.18 プロ野球球団の運営会社の取締役が、コンプライアンス違反の行動を是正するためと称して記者会見を行い、球団の名誉及び信用を毀損する発言をし、また秘密事項を公表したことについて、取締役の善管注意義務違反、名誉毀損による損害賠償責任が認めらるとされた事例
2 任務懈怠責任の全部免除(会社法424条) 株主全員の同意が要件です。
取締役の任務懈怠により、会社に損害が発生した場合、当該取締役には、損害賠償責任が認められますが、総株主の同意があった場合には全部免除が認められます(会社法424条)。
なお、会社法424条によれば、例えば全株式を所有している代表取締役は、取締役の責任を免除することができることになりますが、債務超過等の状態となっているにもかかわらず、取締役の責任を免除することは適当ではないと考えられます。そこで、特別清算では、開始決定後の役員等の責任免除の禁止の処分(会社法543条)や責任免除を取り消すことができる(会社法544条)とする条項を置いています。
3 任務懈怠責任の一部免除(会社法425条~427条)
⑴ 一部免除
取締役の任務懈怠により、会社に損害が発生した場合、当該取締役には、損害賠償責任が認められますが、以下⑵~⑷の場合には一部免除が認められます(会社法425条~427条)。ただし、自己のために会社と取引をした取締役については、免除の規定は適用されません(会社法428条2項)。
なお、一部免除の場合、以下の金額が免除限度額(=免除が許されない金額。最低責任限度額と言います。)となります。
「2年(社外取締役、会計参与、監査役又は会計監査人)、4年(取締役、執行役)、6年(代表取締役、代表執行役)の役員報酬(会社法425条1項1号、規則113条)+新株予約権を行使したことによる利益額(会社法425条1項2号、規則114条)」
⑵ 株主総会の特別決議による免除(会社法425条、309条2項8号)
取締役が職務を行うにつき善意・無重過失である場合、株主総会の特別決議により、最低責任限度額を超える部分について免除することができます。
当然ですが、株主総会で一定の開示が必要となります(会社法425条2項、3項)。
また、取締役(監査委員であるものを除く。)及び執行役の責任を免除する議案を株主総会への提出するには、監査役又は監査等委員全員の同意が必要となっています(会社法425条3項)。
⑶ 定款の定めに基づく取締役の同意又は取締役会決議による免除(会社法426条)。
取締役が2人以上いる監査役設置会社又は委員会設置会社であれば、定款の定めに従って取締役の過半数の同意又は取締役会決議を得ることによって、取締役の責任について、最低責任限度額を超える部分を免除できます。
定款の定めに従うことが前提となっていますので、定款に「取締役が職務を行うにつき善意・無重過失である場合において、責任の原因となった事実の内容、当該取締役の職務の執行の状況その他の事情を勘案して特に必要と認めるときは、最低責任限度額を限度として、取締役の過半数の同意(取締役会設置会社の場合は、取締役会による決議)によって免除する」旨を定めていることが前提となります。
なお、株主による異議手続が準備されています(会社法426条3項~5項)。
なお、取締役(監査委員であるものを除く。)及び執行役の責任免除規定を定款に設ける議案の株主総会への提出及び、議案の取締役会への提出は、監査役又は監査等委員全員の同意が必要となっています(会社法426条2項、会社法425条3項)。
⑷ 責任限定契約による免除(会社法427条)
社外取締役、会計参与、社外監査役、会計監査人にのみ認められます。 定款の定めに基づき会社と契約を締結することにより責任限度額を定めておくことができます。
定款の定めに従うことが前提となっていますので、定款に、「社外取締役が職務を行うにつき善意無重過失の場合は、定款で定めた額の範囲内であらかじめ会社が定めた額と最低責任限度額とのいずれか高い額を限度とする旨の契約を社外取締役と締結できる」旨を定める必要があります。
なお、社外取締役(監査委員であるものを除く。)と契約を締結できる旨を定款に設ける議案の株主総会への提出は、監査役又は監査等委員全員の同意が必要となっています(会社法427条3項、会社法425条3項)。
4 会社法423条の責任(任務懈怠責任)以外の取締役の主な責任
役員等の会社に対する責任としては会社法423条に定める責任(任務懈怠責任)以外に、主に以下のものがあります。(事案によっては,刑事責任も問題となり得ます。)。
⑴ 株主に対する利益供与にかかる責任(会社法120条4項、規則21条)
株主の権利行使に関し、会社・子会社の計算で財産上の利益供与に関与した取締役は、金銭の支払義務を負います。責任の範囲は、当該利益供与額です。
総株主の同意(会社法120条5項)があれば責任は免除されます。
また、当該利益供与をした取締役以外の者は、職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、責任を免れます(120条4項ただし書)。
参考裁判例:最判H18.4.10、東京地判H19.12.6
⑵ 剰余金の配当等にかかる責任(会社法462条)
分配可能額を超えて行った剰余金の配当等に関し、剰余金の配当等に関する職務執行を行った取締役及び当該議案を提案した取締役は金銭の支払義務を負います。責任の範囲は違法配当した金銭等の帳簿価額に相当する額です。
業務執行者等は、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明したときは、責任を免れます(会社法462条2項)。
461条1項に掲げる行為の時における分配可能額を限度として当該義務を免除する総株主の同意がある場合も責任を免れます(会社法462条3項)。
⑶ 欠損が生じた場合の責任(会社法465条)
剰余金の配当等をした日の属する事業年度末に係る計算書類が欠損(分配可能額がマイナス)が生じた場合、その行為に関する職務を行った取締役は、会社に対してマイナス額と当該行為により株主に対し交付した金銭等の帳簿価額の差額のいずれか少ない額を支払う義務を負います。ただし、当該取締役がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、責任を免れます。
総株主の同意があれば、免除することが可能です(会社法465条2項)。
5 補足
⑴ 時効
民法改正前、民法167条を適用し、役員等の責任の事項は10年と解されていました(最判H20.1.28)。これは民法改正前の判例ですので、民法改正後の時効は以下のいずれか早い時期になります(民法166条)。
・請求者が、取締役に対して損害賠償請求権を行使できることを知ったときから5年
・取締役に対する損害賠償請求権を行使できるときから10年
⑵ 会社が取締役に対して責任追及する場合の会社代表者
会社が役員等の責任を追及する場合の会社代表者については、以下の定めがあります。
監査役設置会社:監査役(会社法386条1項)
監査役非設置会社
委員会設置会社:監査委員会が選定する監査委員又は、取締役会、株主総会が定める者(会社法408条1項)
委員会設置会社以外の会社
取締役会設置会社:株主総会又は取締役会が定めた者(会社法364条)
取締役会非設置会社:代表取締役又は株主総会がが定めた者(会社法353条、349条4項)