このページでは、取締役の第三者責任について整理しています。
取締役が職務を行うことについ悪意又は重過失があったことにより第三者に損害が発生した場合、当該第三者に対して責任を負うことがあります。
1 取締役の第三者責任の定めの概要
取締役の第三者責任をまとめると概要以下のとおりです。なお、複数の役員等が責任を負う場合、連帯責任となります(会社法430条)。
⑴ 会社法429条1項
職務を行うについて悪意又は重過失があったことにより、第三者に損害が発生した場合、取締役は当該第三者に対して賠償責任を負います。
具体的な責任の性質について最判S44.11.26は以下のように述べています。
最判S44.11.26
「法は、株式会社が経済社会において重要な地位を占めていること、しかも株式会社の活動はその機関である取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して、第三者保護の立場から、取締役において悪意または重大な過失により右義務に違反し、これによつて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であるとを問うことなく、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定したのである。」
⑵ 会社法429条2項
以下の行為を行い、第三者に損害が発生した場合に、取締役は当該第三者に対して賠償責任を負います。ただし、取締役の側で当該行為を行うにつき注意を怠らなかったことを証明できた場合を除きます。
・株式、新株予約権、社債、新株予約権付社債を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項について虚偽の通知、説明に用いた資料についての虚偽記載、記録
・計算書類、事業報告(これらの附属明細書を含む)、臨時計算書類に記載、記録すべき重要な事項についての虚偽記載、記録
・虚偽登記
・虚偽公告
2 取締役の第三者責任の責任を負う対象者に関する裁判例
取締役の第三者責任の責任を負う範囲に関する裁判例としては、以下のものがあります。
裁判例 | 責任を認めた取締役 |
---|---|
最判S48.5.22 | 名目的取締役が監視義務違反を負うとされた事例 責任を否定した裁判例(東京高判S57.4.13、東京地判H3.2.2、東京地判H6.7.25など)もかなりあります。 |
最判S55.3.18 | 取引先の代表者が非常勤取締役に就任していた場合に責任を負うとした |
最判S47.6.15 | 選任決議を欠く登記簿上だけの取締役も責任を負うとされたした |
最判S62.4.16 | 辞任登記が終了していない取締役の責任について判示した判例 |
東京地判H2.9.3 大阪地判H4.1.27 | 事実上の取締役(取締役の選任決議も登記もないが、事実上会社を主宰している者)の責任を認めた裁判例 |
3 取締役の第三者責任の責任事由に関する裁判例
取締役の第三者責任の責任事由に関する裁判例としては以下のものがあります。
⑴ 直接損害について
取締役の悪意・重過失により、会社に損害はなく、直接第三者が損害を被った場合の責任です。
最も典型的には、会社が倒産状態(財務状況悪化)の場合の、返済見込みのない借入や商品仕入に関して責任を問われる場合です。以下のよな裁判例があります。
最判S44.11.26 「代表取締役は、対外的に会社を代表し、対内的に業務全般の執行を担当する職務権限を有する機関であるから、善良な管理者の注意をもつて会社のため忠実にその職務を執行し、ひろく会社業務の全般にわたつて意を用いるべき義務を負うものであることはいうまでもない。したがつて、少なくとも、代表取締役が、他の代表取締役その他の者に会社業務の一切を任せきりとし、その業務執行に何等意を用いることなく、ついにはそれらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過するに至るような場合には、自らもまた悪意または重大な過失により任務を怠つたものと解するのが相当である。」と説示した判例
最判S41.4.15 事業の遂行につきはつきりとした見透しも、方針もなく、事業の拡張により収益を増加し、手形金の支払が可能であると軽卒に考え、これらの手形により金融を受けて、その会社の資産・能力を顧慮しないで、調査不十分の事業に多額の投資をし破綻を招いたのは、会社の経営に当る取締役としては、著しく放漫なやり方であつて、各手形の振出に関し、その職務を行なうについて重大な過失があると認めるのが相当であるとされた事例
東京高判S55.6.30 資金繰りに窮し、従業員に対する給料の支払も遅延する状態の会社の代表取締役が、手形金を支払う見込みは全くなかったにもかかわらず、融資を得る目的で手形を振出し、当該手形を割引いた第三者に対して損害を与えたことにつき、取締役の第三者責任が認められた事例
大阪高判H26.12.9 8月に破産手続開始申立に至った会社の取締役につき、取引の停止や倒産処理等を検討することを怠り、漫然と会社債権者からの商品購入取引を継続して支払のため手形を振り出しことにつき、取締役の第三者責任を認めた事例
その他に、以下のような裁判例があります。
責任原因 | 裁判例 |
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内部統制システムが整備されていないことに より名誉棄損が惹起されたこと | 東京地判H21.2.4 |
著作権侵害 | 東京地判H14.12.27 大阪地判H15.10.23 |
債務の不履行 | 東京高判S56.5.27 東京高判H7.10.24 大阪地判R3.7.16 |
違法な投資勧誘 | 大阪地判H17.11.18 |
否認権行使の対象となる行為(弁済の受領)を 会社にさせたことが、破産者(破産管財人)と の関係で第三者責任違反となるとした事例 | 東京地判R2.1.20 |
会社従業員の過労死(病状悪化)に対する取締役 の責任/会社従業員に対する嫌がらせなどにより 従業員が自殺したことに対する責任が認められた 事例 | 大阪高判H19.1.18 大阪高判H23.5.25 高松高判R2.12.24 トマトの生産等を営むY社の従業員Aが精神障害を発病し自殺した事案で、Aに長時間労働による心理的負荷が掛かっているなかでY社代表取締役Y1の娘である常務取締役Y2によるひどいいじめ・嫌がらせを認定し、Y1,Y2の責任を認めた事例 福岡高判H1.7.18 中古車の卸小売販売を営むY社の従業員であったXが、脳梗塞は、会社における業務に起因して発症したものであるなどして、Y社に対し安全配慮義務違反に基づき、Y社の代表取締役Y1に対して会社法429条1項に基づき損害賠償等の支払を求めた事件で、Y1に対する請求を認めた事例 東京高判R3.1.21 |
⑵ 間接損害について
取締役の悪意・重過失による任務懈怠により会社に損害が発生し、その結果第三者が損害を被った場合の責任です。以下のような裁判例があります。
責任原因 | 裁判例 |
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取締役の放漫経営 | 大阪地判H8.8.28 |
利益相反取引 | 東京地判H6.4.26 福岡地判S62.10.28 |
第三者割当増資による株主の損害 | 最判H9.9.9 |
4 会社役員賠償責任保険(D&O保険)
会社役員賠償責任保険(D&O保険)とは、会社が保険契約者となり、会社の取締役等の役員が業務遂行に起因して損害賠償請求を受けた場合に、そのことによって被る損害を補填する保険契約。損害保険契約の一類型です。会社がD&O保険を締結する場合の内容の決定は、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならないとされています(会社法430条の3第1項)。
なお、D&O保険は常に保険金が払われるわけではなく、法令違反を認識しながら行った行為などについては、保険会社は免責されるのが一般的です(参考裁判例:東京高判R2.12.17)。
東京高判R2.12.17