このページでは、税務上「退職金」と認められるための「退職」の意義について整理しています。

退職金とは、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」(所得税法30条1項を指しますそして、退職金を損金算入するためには、原則として会社を実際に退職することが必要であるとされています。しかしながら、特に中小企業の場合は、退職金を受領した後も、現経営者が会社に一定の関与を継続することが多く、争いになるケースもあります。そこで、このページでは、「退職」の意義について整理をしました。

1 税務上の退職金とは

退職金とは、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」(所得税法30条1項)を指します

なお、支給される際の名義としては「退職金」以外にも「退職手当」「退職慰労金」「退職給与」とされる場合もあります。退職金規定に基づかないで支払われる場合もありますが、実態が「退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」に該当するのであれば退職金になります。

なお、損金算入した退職金が税務調査で否認された場合は、法人税の計算上、損金不算入になり、受給者の側でも退職所得ではなく給与所得として所得税の課税がなされます。

2 退職の事実の必要性

⑴ 問題点

退職金を損金算入するためには、原則として会社を実際に退職することが必要であるとされています。しかしながら、特に中小企業の場合は、退職金を受領した後も、現経営者が会社に一定の関与を継続することが多いです。この場合分掌変更(役割変更)に伴い、実質的に退職したと同様の事情にあると認められれば、税務上、退職金として扱われることになりますが(法人税基本通達9-2-32)、どの程度の関与であれば損金算入が可能となるかは、必ずしも明確ではありません。

裁判例を分析すると、分掌変更に伴う役員退職金を損金算入するための要件としては、①「退職した」と同様の事情にあると言えること、②分掌変更後法人の経営上主要な地位を占めていないこと、③分掌変更後その役員の給与が激減(おおむね50%以上の減少)しているといえること、が必要とされているようです。

⑵ 損金算入を否定した裁判例

東京高判H29.7.12
X社が前代表取締役Aに支払った退職金について、損金算入の可否が争われた事件です。Aは、退任後月額報酬が退任前の3分の1程度になったものの、取締役の地位にとどまっていました。本判決は、Aは「代表取締役を退任した後も、引き続き相談役としてXの経営判断に関与し、対内的にも対外的にもはXの経営上主要な地位を占めていたと判断される」としたうえで、「役員としての地位又は職務の内容が激変せず、実質的に退職したのと同様の事情にあるとは認められない場合についてまで退職に該当すると解することは、・・・相当でない。」などとして、損金算入を認めませんでした。

東京地判H17.2.4(控訴棄却、上告受理申立不受理)
X社が前代表取締役Aに支払った退職金について、損金算入の可否が争われた事件です。本判決は「Aは、Xの代表取締役を辞任した後も、常勤の取締役であって、Xの経営権を握ったまま、実際上は、従前と同様又はそれに近い程度に、従前Xの代表取締役として行っていた業務を行っており、Xの経営の中心となっていたと認めるのが相当である。」「Aとしては、代表取締役の辞任により、Xの経営の中心から外れて、非常勤の役員となるというつもりは毛頭なく、・・・かつ、Xに多額の益金が発生しそうであったため、退職給与の形で、一郎への給付を行ったものであると認めるのが相当である。そうすると、一郎に対する役員報酬の額が、一郎が原告の代表取締役を辞任した前後で半減していることは、・・・認定判断を左右するものではないというべきである。」などとして、損金算入を認めませんでした。

大阪高判H18.10.25
X社が前代表取締役Aに支払った退職金について、損金算入の可否が争われた事件です。本判決は「甲は、Xの主要な取引先であるということができる。そして、・・・甲との取引において、クレーム処理を即決できるのはAしかおらず、・・・Aが甲への納品やクレーム処理を担当していたこと、・・・Aが1人で年始の挨拶に出向いたこと、・・・Aが、主要な取引先である甲との取引で、クレーム処理のような実質的対応を含む重要な業務を担当していたことは明らかである。・・・これらの事実に加えて、上記のとおり、Aは、・・・常勤の取締役としてXに留まり、新代表者のBと同額の報酬を得ていることを総合すると、Aは、・・・常勤の取締役として、Xの売上げの相当程度を占める主要な活動について重要な地位を占めていたというべきであって、Aにつき、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があると認めることはできない」として損金算入を認めませんでした。

神戸地判H23.9.30

京都地判H18.2.10

⑶ 損金算入を認めた裁判例

大阪地判H20.2.29

東京地判H20.6.27
同族会社X1は、同社の代表取締役X2が退任し監査役に就任した際に、退職金を支払ったところ、課税当局Yが実質的に退職したということはできないとして更正処分等を行ったため、Xらが更正処分等の取消しを求めた事案です。本判決は「退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいうところ(所得税法30条1項)、法人の役員が実際に退職した場合でなくても、役員の分掌変更又は改選による再任等により、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる場合には、上記分掌変更又は再任の時に支給される給与も『退職により一時に受ける給与』に該当するものとして、同給与に係る所得も退職所得として扱うのが相当である(本件所得税通達参照)。・・・前述のとおり、原告X2は、・・・X1の代表取締役を退任し、かつ取締役を辞任して、監査役に就任することで、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる。そうすると、本件退職給与は『退職により一時に受ける給与』に該当し、原告X1の本件退職給与に係る所得は退職所得に当たるというべきであって、Y主張のようにこれを給与所得ということはできない。」として、Xらの請求を認めました。

長崎地判H21.3.10

京都地判H23.4.14
学校法人Xが、Xの理事長かつXの設置する学院の校長の地位にあった甲に対して退職金を支払ったところ、課税当局が、甲が理事長を継続していたことなどを理由としてXを退職した事実は認められず給与所得に当たるなどとして賦課決定処分等を行った事案です。本判決は「甲は、・・・70歳を迎える平成14年ころの引退を希望しており、権限交代に伴う混乱を避けるため、平成6年には乙を学院長室長に就任させ、甲の学院長としての職務を補佐させるなどして段階的に権限委譲を図っていた。そして・・・甲は、平成15年秋ころ、甲が学院長として行っていた学校運営上の事務に係る職務及び権限を実質的にはほぼすべて統括本部長である乙に委譲した上・・・12月末日をもって手続的にも学院長の地位を辞した。」「平成15年12月末日までの甲の職務は、学院長としての職務がその大半を占め、理事長としての職務の負担はそれほど大きくなかったことが認められるから、理事長職を継続していたことは、平成15年12月末日の前後において、甲の職務に大きな変動があったとの認定を左右しない。」と細かい事実認定により、Xの主張を認めました。

大阪高判H20.9.10

東京地判H27.2.26

3 従業員について退職金規定に基づく支給が退職金として認められなかった事例

役員の事例ではありませんが、従業員について「退職金」に該当されないとした判例を、ご参考までにご紹介致します。所得税では退職金の税率が優遇されていることから、所得税法の解釈として争われることが多く、以下の判例も、所得税法に関する判例になります。退職金に該当するか否かは、名目でなく実態を見て判断をされます。

最判S58.9.9(5年定年制事件)
X社は、従業員の勤務年数が満5年に達するごとに退職金を支給する旨及び、退職金の算定にあたつては既に支給した退職金の算定の基礎とされた勤務年数は算入しない旨を定めた給与規定がありました。X社が勤務年数が5年に達した従業員に支給した退職金名義の金員が、退職所得に該当するか否かが争った事件において、本判決はて「ある金員が、右規定にいう『退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与』にあたるというためには、それが、(1)退職すなわち勤務関係の終了という事実によってはじめて給付されること、(2) 従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること、(3)一時金として支払われること、との要件を備えることが必要であり、また、右規定にいう『これらの性質を有する給与』にあたるというためには、それが、形式的には右の各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、右『退職により一時に受ける給与』と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである。」として退職所得は認めませんでした。

最判S58.12.6(10年定年制事件)
甲社には従業員が満55歳又は勤続満10年に達したときに定年となる旨の就業規則の定め及び退職金規程があり、Xらが勤続満10年に達したことを理由として退職金名義の金員の支給を受けたが、Xらは役職、給与、有給休暇の日数の算定等の労働条件に変化がないまま勤務を継続していました。このような場合にも退職所得して認められるかが争われたところ、本判決は「右のように継続的な勤務の中途で支給される退職金名義の金員が、実質的にみて右の三つの要件の要求するところに適合し、右『退職により一時に受ける給与』と同一に取り扱うことを相当とするものとして、右の規定にいう『これらの性質を有する給与』にあたるというためには、当該金員が定年延長又は退職年金制度の採用等の合理的な理由による退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があって支給されるものであるとか、あるいは、当該勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があることを要するものと解すべき」としました。