このページでは、取締役の会社法上の義務について整理しています。
取締役は、一般的な義務として善管注意義務、忠実義務を負っていますが、それに加えて特別な義務として、利益相反取引や競合取引を行う場合に株主総会や取締役会の承認を得るという義務を負っています。
1 取締役の会社法上の義務(まとめ)
取締役の会社法上の義務をまとめると、以下のとおりです。
項目 | 内容・条文 |
一般的な義務 | ・善管忠実義務(会社法330条、民法644条)。 ・忠実義務(会社法355条、最判S45.6.24)。 |
利益相反取引/競合取引を行う場合の義務 | ・重要な事実を開示して株主総会(取締役会非設置会社)又は取締役会(取締役会設置会社)の承認を得なければなりません(会社法356条1項、365条1項)。 ・当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(会社法365条2項)。 |
2 取締役の善管忠実義務・忠実義務について
⑴ 取締役の善管注意義務・忠実義務の考え方
忠実義務は、善管注意義務を敷衍し、明確にしたものにとどまり、忠実義務と善管注意義務を両者は分けて考える必要はないとされています(最判S45.6.24)。
最判S45.6.24:忠実義務と善管注意義務の関係について説示とした判例
⑵ 取締役の善管注意義務・忠実義務に関する裁判例
東京高判H元.10.26:退任後に進める事業のために部下を勧誘する行為が忠実義務違反となるとした裁判例
3 取締役の利益相反取引規制について
⑴ 取締役が利益相反取引を行う場合に必要な手続
取締役(間接取引であれば代表取締役)は、利益相反取引を行うにあたり、重要な事実を開示して株主総会(取締役会非設置会社)又は取締役会(取締役会設置会社)の承認を得なければなりません(会社法356条1項、365条1項、419条2項)。
なお、承認を得ようとする取締役は取締役会の議決に加わることはできません(会社等365条2項)。
【参考裁判例:株主全員の同意がある場合は、承認は不要と解されています】
最判S45.8.20:会社とその一人株主との取引は取締役会承認が不要とであるとした判例
最判S49.9.26:取引について株主全員の同意がある場合、取締役会承認が不要であるとした判例
⑵ 「利益相反取引」とは、その対象について
利益相反取引は直接取引と間接取引に分けられます。
直接取引とは、取締役等が自己又は第三者のために行う会社との取引(会社法356条1項2号、365条1項、419条2項)を指します。取締役が自己のためにした直接取引は、任務懈怠が自己の責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができません(会社法428条1項)。
間接取引とは、会社が取締役等の債務を保証するなど、会社と取締役等との利益が相反する会社と取締役以外の者との取引を指します(会社法356条1項3号、365条1項、419条2項)。
【参考裁判例】
最判S38.12.6:会社が取締役から無利息、無担保で貸付を受ける行為は利益相反取引に該当しないとした判例
⑶ 株主総会等の承認を得ないで利益相反取引を行った場合の効果 原則として無効
承認を受けない取引は無効ですが、間接取引の相手方や手形取引については相手方が悪意でなければ会社は無効を主張できないと解さていれます(これを相対的無効説と呼びます。最判S431.12.25など)。
なお、承認を受けた場合であっても、取締役等は任務懈怠による会社に対する責任を免れません(会社法423条1項)。また、監査等委員会の承認を得ている場合を除き、当該取引を行った取締役に加え、会社が当該取引をすることを決定した取締役、取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役の任務懈怠も推定されます(会社法423条3項)。
【参考裁判例】
最判S43.12.25:間接取引について、相対的無効説を採用した判例
最判S46.10.13:会社が取締役に対して手形を振り出した取引について、相対的無効説を採用した判例
最判S48.12.11:利益相反した取締役から無効主張することは許されないとした判例
⑷ 取締役は、利益相反取引を行った後、事後報告も必要です。
利益相反取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(会社法365条2項)。
なお、取締役会非設置会社については、事後取引について定めがありません。
⑷ 取締役の競合取引規制について
⑴ 取締役が競合取引を行う場合に必要な手続
取締役等は、競合取引を行うにあたり、重要な事実を開示して株主総会(取締役会非設置会社)又は取締役会(取締役会設置会社)の承認を得なければなりません(会社法356条1項、365条1項)。
なお、承認を得ようとする取締役は取締役会の議決に加わることはできません(会社法365条2項)。
⑵ 「競合取引」とは
「競合取引」とは、取締役が自己又は第三者のために行う会社の事業の部類に属する取引をいいます(会社法356条1項1号、365条1項)。
【参考裁判例】
東京地判S56.3.26:会社が進出のための準備を進めている事業も競合取引に該当するとした裁判例
⑶ 株主総会等の承認を得ないで利益相反取引を行った場合の効果 取引自体は有効です。
承認を受けていない場合も取引は有効ですが、損害の推定規定(当該取引によって取締役又は第三者が得た利益の額は、損害の額と推定されます。)の適用があります(会社法423条2項)。
なお、承認の有無にかかわらず、競合取引により会社が損害を受けた場合には、任務懈怠のある取締役は損害賠償責任を負います(会社法423条1項)。
⑷ 事後報告
利益相反取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(会社法365条2項)。
なお、取締役会非設置会社については、事後取引についての定めはありません。