このページでは、税務上の役員退職金支給の適正額について整理しています。
税務上認められる範囲で、支給をしないと、会社に負担が発生します。裁判例も多数あります。
また、会社の資金繰りとの関係で、分割払いとするケースもあり、その点についても説明をしています。
1 役員退職金適正額の考え方
法人税法や基本通達から、適正支給額は明確とは言えませんが、一般的に、(平均)功績倍率法という計算方法が税務上妥当とされています(東京高判H25.7.18)。
功績倍率法は退任時報酬月額×在職年数(勤続年数)×功績倍率(役位係数)で計算を行います。
さらに功労加算金が認められケースもあります(参考裁判例:東京地判S46.6.29、大分地判H21.2.26)
なお、退任時報酬月額については、例えば最終年度だけ極端に増加しているような場合は、税務上否認されるリスクがあると考えられるので注意が必要です(高松地判H5.6.29、大分地判H21.2.26)。また、比較法人の役員給与との差が問題となる事案もあります(東京地判H28.4.22)。
功績倍率法以外の計算方法としては、同業類似法人の1年あたりの役員退職給与額(=役員退職給与÷在職年数)×在職年数で計算する方法(1年当たり平均額法)もあり、平均功績倍率法でなく、こちらが適切な方法とした裁判例もあります(東京地判R2.3.24)。
2 参考裁判例
⑴ (退任時)月額報酬に関する裁判例
高松地判H5.6.29:実際に支払われていた月額報酬を超える金額を認定した裁判例
Xが死亡退職をした甲に対する支払った死亡退職金の金額の適否が争われました。月額報酬について本判決は「甲の役員報酬月額5万円は甲の功績を適正に反映したものとしては低額に過ぎ、甲の適正報酬月額は、X代表者乙の報酬月額平成元年8月分75万円と同年9月分90万円の平均額82万5000円の2分の1の額の41万2500円と認めるのが相当である。」としました。
大分地判H21.2.26:過去の月額報酬などから、原告の主張を認めた裁判例
平成14年に死亡したX社の元代表者Aの役員報酬は、平成11年3月までの15年近くにわたり、月額150万円であったのが、同年4月以降、月額120万円に、さらに、平成13年4月以降、月額88万円に引き下げられていたが、平成14年4月に同年1月に遡って月額150万円に増額されため、退職金の計算において、月額150万円で計算することが妥当か否かが争われました。本判決は「創業者としてXに対するAの功績があることは明らかであること・・・に加え,・・・平成14年に増額された役員報酬月額は平成11年3月以前の15年近くにわたって維持されていた金額に戻ったにすぎず、増額されたことについて不合理ということはできない」などとして、月額給与150万円とし計算することを認めました。
福岡高判H25.6.18:最終報酬月額を使うのが妥当とした裁判例
「役員の最終報酬月額は、役員在職中における法人に対する功績の程度を最もよく反映している」という判断を誤りとする原告Xの主張につき「Xにおいては、前代表者に対する役員報酬について、平成12年8月1日より月額50万円に変更され、以後本件事故により前代表者が亡くなった平成18年11月までの6年以上の間、役員報酬の変更は行われなかったことに加え、過去にはこれよりも高い月額80万円の役員報酬が支払われたこともあったが、これは代表者勘定を利用した粉飾決算によるものであったことからすれば、上記主張は採用できない。」と説示しました。
東京地判H28.4.22(控訴棄却):比較法人の月額報酬の最高額により計算することが妥当した裁判例
X社が、元代表取締役Aに退職金を支払った際の計算における最終月額給与について、税務当局は類似法人から抽出した比較法人がそれぞれ支払う代表取締役の給与のうちの最高額を平均したものを超える部分について争いました。本判決は「代表取締役に対する役員給与の最高額について、比較法人4法人のうち上位2法人と下位2法人との間に大きな乖離がみられ、しかも、その平均額についても各比較法人の代表取締役に対する役員給与の最高額との間に大きな乖離がみられるという状況であるところ、上記のようなAのX告における従前の職務の内容等に照らすと,Xの経営や成長等に対する相応の貢献があったというべきであって、その職務の内容等が代表取締役として相応のものであるとはいえない特段の事情があるとは認められないから、Aの代表取締役としての役員給与のうち、上記の平均額を超える部分が、不相当に高額な部分の金額であるとすることはできない。そして、上記のとおり、比較法人の代表取締役に対する給与について、不相当に高額な部分の金額があるとはいえない本件においては、Aの役員給与が上記の最高額を超えない限りは,不相当に高額な部分の金額があるとはいえないと解すべきである。」として、比較法人の月額報酬の最高額により計算することが妥当と判示しました。
⑵ 在職年数に関する裁判例
在職年数については、事業開始後に途中で「法人成り」したような場合に、法人成りする前の期間を入れることが可能かどうかが争われることが多いです。以下の裁判例があり、参考になります。
福島地判H4.10.19
Aの父Bが開業した個人病院を、Aが引き継ぎ「法人成り」して医療法人Xとした後、当該法人の理事をしていたAの母Cが死亡した。XのCに対する死亡退職金を計算する際に、個人経営時に業務に従事した期間を入れられるか否かが争点となりました。本判決は「役員に対する退職給与のうち、①法人経営時の在職期間に対応する部分で、相当と認められる金額は法人の損金に算入され、②個人経営時の在職期間に対応する部分で、個人事業主の事業所得の計算上必要経費として認められる金額はその最終年分の事業所得の計算上必要経費に算入されるべきであるが、法人設立後相当期間の経過後であれば、便宜右②の部分も法人の損金に算入することが認められることになる。」としつつ、「Cの場合、『法人成り』する以前の個人事業(B及びC)当時、所得税法57条1項に規定する青色事業専従者であったのであるから、個人事業主であるB及びAから、それぞれの個人事業の廃業時点で退職給与が支払われたとしても、同法56条により、個人事業主と生計を一にする親族に対する対価の支払として、個人事業主(B及びA)の事業所得の計算上必要経費に算入することはできないものであるから、仮に法人設立後相当期間の経過後であっても、当然に、『法人成り』した原告の損金と認めることはできない。」として、法人成りする前の期間は算入できないと判示しました。
⑶ 功績倍率(功労加算)に関する裁判例
裁判では、平均功績倍率(同業類似法人の役員退職給与の支給事例における功績倍率の平均値を使う方法)が妥当か、平均値を超える功績倍率を使う計算方法が認められるかが争われることが多い。課税庁は平均功績倍率を主張し、近時の裁判例は平均功績倍率が妥当とし。、平均値を超える功績については、別途功績加算で検討すべきとする判断が趨勢のようです。実務上、平均功績倍率として「3.00」が一つ目安となっているという指摘もあるが、平均値を算出する対象企業によっては、「3.00」を下回ることもある(東京地判R2.2.19など)ので、注意が必要です。
【平均功績倍率を妥当とした裁判例】
東京高判H25.7.18
税務当局が平均功績倍率すべきとしたのに対し、Xは同業種類似法人の最高功績倍率を使うべきとして争いました。本判決は「平均功績倍率法は、その同業類似法人の抽出が合理的に行われる限り、法36条及び施行令72条の趣旨に最も合致する合理的な方法であって、同業類似法人の抽出基準が必ずしも十分ではない場合、あるいは、その抽出件数が僅少であり、かつ、当該法人と最高功績倍率を示す同業類似法人とが極めて類似していると認められる場合など、平均功績倍率法によるのが不相当である特段の事情がある場合に限って最高功績倍率法を適用すべきところ、本件では抽出基準が必ずしも十分ではないとはいえないし、本件同業類似法人のうち最高功績倍率を示す法人・・・とXとが極めて類似していると認めるに足りる事情があるとは認められないことからすれば、最高功績倍率法を用いるべき場合に当たるとはいえない。」としてXの主張を認めませんでした。
東京高判H30.4.25
X社が代表取締役甲の功績倍率6.5で計算した死亡退職金を支払ったのに対し、課税当局が処分行政庁の調査に基づく本件平均功績倍率の3.26が妥当であるとして争われた事件です。原審(東京地判H29.10.13)は功績倍率について平均功績倍率法の1.5倍(=4.89)とすべきとしたのに対し国側が控訴したところ、本判決は「同業類似法人の抽出が合理的に行われる限り、役員退職給与の適正額を算定するに当たり、これを別途考慮して功労加算する必要はないというべきであって、同業類似法人の抽出が合理的に行われてもなお、同業類似法人の役員に対する退職給与の支給の状況として把握されたとはいい難いほどの極めて特殊な事情があると認められる場合に限り、これを別途考慮すれば足りるというべきである。」ところ特殊な事情は認められないとして、平均功績倍率法を妥当としました。
東京地判R2.2.19
Xの元代表者の税務上妥当な退職金を計算する際の平均功績倍率として1.06が妥当としました。
東京地判S46.6.29
大分地判H21.2.26
【平均功績倍率を超える倍率を妥当した裁判例】
仙台高判H10.4.7:比較法人の最高功績倍率を使うことが妥当した裁判例
税務当局Yが、平均功績倍率2.30を使うべきとして争いました。本判決は「抽出された対象は4法人5事例にとどまり、これによって判明した功績倍率は1.30から3.18までの約2.45倍もの幅があることからすると、右の功績倍率の平均値である2.30に基づいて算出された相当額については、類似法人の平均的な退職金額であるということはできるとしても、それはあくまでも比較的少数の対象を基礎とした単なる平均値であるのにすぎないので、これを超えれば直ちにその超過額がすべて過大な退職給与に当たることになるわけでないのは当然であり、したがって、Y主張の右平均功績倍率に依拠して算定された金額をもって、これのみが合理性を有する数額であるとするのには無理がある。そして、右比較法人は相応の合理性を有する基準によって抽出されたものであるところ、そのうちの功績倍率の最高値3.18・・・こそが有力な参考基準となるものと判断する。」として比較法人の最高功績倍率を使うことが妥当と説示しました。
大分地判H21.2.26
X社の元代表者Aに支払った退職金につき、功績倍率3.5が平均功績倍率2.3を超えているとして争われました。功績倍率3.5については「本件については,特有の事情として、以下の点を指摘することができる。まず、Xと比較法人の業績を比較すると,売上金額こそ概ね倍半基準の範囲内だが,申告所得金額,総資産価額及び純資産価額のいずれの点でも原告が大きく上回るなど・・・Xは同業種・類似規模の法人に比して経営内容が良好である・・・・次に,本件のように比較法人数が少ないと,法人抽出の範囲・方法により法人数がわずかに異なるだけで平均値は容易に変動してしまう。・・・・また、被告が採用した比較法人5社の功績倍率は,・・・・は平均功績倍率である2.3の周辺に集中しているわけではなく,相応のばらつきを見せている。このような功績倍率の分布状況から考えても,平均功績倍率である2.3を超えれば,直ちに不相当に高額であるとするには疑問の余地がある。さらに,・・・創業者として多大な功労のあったAのような創業者の功労等,報酬額に相当の影響を及ぼすと考えられる事情は平均値算出過程で基本的に考慮されていない」として、功績倍率3.5で計算することが妥当としました。なお、Xは功労金についても損金算入できると主張していましたが、「Aに支給された役員退職給与のうち,比較法人の平均功績倍率及びAの創業者としての功績等固有の事情を踏まえて、功績倍率3.5で算出される範囲内の役員退職給与であれば相当であると認められるものの、これを超えた部分については名目の如何にかかわらず,過大な役員退職給与として損金算入を認めることはできない」とXの主張を認めていません。
エ 1年当たり平均額法で計算するのが適切とした
東京地判R2.3.24
X社が、同社の代表者甲の退職にあたり、最終月額報酬100万円×勤続年数×功績倍率8で計算した退職金の妥当性が争いとなりました。本判決は「本件元取締役は・・・役員報酬として月額25万円の支給を受けていたが、平成24年の退任の後である平成25年1月11日に、役員報酬の遡及的な追加支給がされ、その最終月額報酬額は・・・月額100万円とされた・・・100万円は、専ら本件役員退職給与の額の算定根拠を整える目的で決定及び支給されたものといわざるを得ない・・・ したがって,本件役員退職給与適正額の算定については、功績倍率を用いた方法によることが不合理であると認められる特段の事情があるといえ、1年当たり平均額法又は1年当たり最高額法が法人税法34条2項及び同法施行令70条2号の趣旨に合致する合理的な方法となるというべきである。」と説示したうえで「本件役員退職給与適正額の算定に当たり、1年当たり平均額を用いることが適切を欠くと認められる特段の事情があるとはいえないから、1年当たり最高額法の合理性を肯定することはできない。・・・1年当たり役員退職給与額の平均額を基に、本件元取締役の勤続年数を17年として1年当たり平均額により算定した額を、本件役員退職給与適正額と認めることができる。」としました。
3 分割払いについて
⑴ 分割払いの可否及び税務上の取扱
資金繰りの都合などにより、損金算入したうえで未払金に計上することも可能であるが、分掌変更に伴い支払われる退職金を未払金等にした場合、原則として未払金とした期の損金算入が認められていませんので(法人税基本通達9-2-32)ので注意が必要です(東京地判H17.12.6)。
なお、分割払いの決定をした後、実際に分割分を支払った期の損金には算入できると解されます(東京地判H27.2.26)。
⑵ 分割払いに関する参考裁判例
東京地判H17.12.6(控訴棄却)
株主総会において前代表取締役に対する役員退職慰労金の支給を決議したX社が、当該事業年度においては未支給であったものの,これを損金の額に算入した上で申告をしたところ,課税当局から、退職金の損金算入が認められないとする更正処分等を受けたことから、取消しを求めましたが、本判決は「本件事業年度において支払われていない本件退職金については,本件事業年度における損金の額に算入することはできないというべきである。」としてXの請求を認めませんでした。
東京地判H27.2.26(控訴されず確定)
8月末決算のX社が、Xの創業者である乙がXの代表取締役を平成19年8月に辞任して非常勤取締役となったことに伴い、退職慰労金を2億5000万円支給することを決定し、まず平成19年8月31日にその一部を支払い損金算入し、翌平成20年8月29日に残額(判決文では「本件第二金員」と呼ぶ)を支払い同年8月8月期に損金算入をしたところ、課税当局が平成20年8月29日の支払いについては退職給与に該当せず損金の額に算入することはできないとする更正処分を行ったため、Xが取消しを求めました。本判決は「乙は、本件分掌変更により、原告の代表取締役を辞任して、非常勤取締役となっているところ、本件役員が原告の代表権を失い、その給与も半額以下となっていることに照らせば、乙は実質的にXを退職したと同様の事情にあるということができる・・・本件退職慰労金は、本件分掌変更に伴う退職慰労金として支給することが決議されたものであるから、本件退職慰労金が本件分掌変更によって初めて支給されるものであることは明らかであり、・・・本件退職慰労金が本件退職慰労金規程に基づいて支給されたものであることに鑑みれば、本件第二金員が従前の役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有していることも明らかである。」「本件第二金員は、本件退職慰労金の一部として支払われたものであり、法人税法上の退職給与(同法34条1項)に該当し、かつ、本件第二金員を現実に支払った平成20年8月期の損金の額に算入することができるというべきである。」